日本眼科学会:日本眼科学会の役割(108巻12号)
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日本眼科学会の役割

 日本眼科学会は私にとっては「日眼:ニチガン」という呼称の方が親しみがあるが、「財団法人日本眼科学会」が正式な呼称であり、一般的には「日本眼科学会」の呼称で捉えられている。「日眼」は私にとっては眼科入局とともに先輩に入会手続き用紙を渡され、学生から眼科医の領分に入ったことを意識させるものであった。毎年の日眼総会での先輩の講演、発表は私に新しい目を開かせるものであった。当時の演題数は100前後であった。したがって各大学1〜2題であり、日眼での発表は学位と密接な関係があるとされ、各大学の研究レベルを知ることができた。一方で、日眼会誌は査読システムがなく採用演題を中心に論文掲載がなされ、それなりの問題があることも指摘されていた。

 「日眼」は私にとっては永い間、上述のように毎年の総会、また京都での国際眼科学会の開催などをとおして我が国の指導的な立場の方が運営している学術的、社会的役割を果たす組織との認識であった。この認識、立場は私が評議員をさせていただくようになっても変化はなかった。日眼会誌の編集委員をさせていただくようになった時に、はじめて「日本眼科学会」の運営に携わっておられる先輩先生方および事務組織の方々との接触がはじまり、徐々に私と「日眼」との関係に変化が兆し、それは「日本眼科学会」の各種委員会の委員をさせていただくようになってさらに変化し、そのことを自覚するようになった。すなわち、「日眼」ではなく「日本眼科学会」として考える必要が生じてきた。

 「日本眼科学会」の役割、性格をあらためて考えてみると、学術的役割と社会的役割とに分けることができる。「日本眼科学会」の意味は私の中でも相対的に変化してきたように、会員ごとに異なるものであると考えられる。ただし、学術的役割は対象が自然科学、医学であるために学会に求められるものは明解である。しかし、どのように担っていくかというところに難しさがある。「日本眼科学会雑誌」はまさにその中心をなしてきている。過日、日眼総会で「20世紀における眼科学の総括」の企画がなされ、私自身大いに勉強させていただいた。20世紀前半と後半での医学、眼科学の変貌、発展を知る一方で、諸外国に引けをとらない我が国先人の研究の軌跡を知ることができたのも日眼会誌に負うところが大きい。創刊早期の縦書き、カタカナ表記の論文、2年合本での発行など、をとおして時代ごとの研究のあり方、レベルが如実に伝わってくる。この日眼会誌も近年その価値に様々な意見が出されているのは残念なことであるが、明治30年に第1巻が発行された学会機関誌として学術論文および研究の向上に貢献することを眼目に考えていく必要があると考えられる。科学分野における言語として、英語が中心であることは当分揺らぎそうにはない。こうした状況にあって、英文機関誌Jpn J Ophthalmol(J.J.O.)の学会への移管、維持は大きな意義がある。私自身は日眼会誌の掲載論文をJ.J.O.を利用して外国に英文で発信することに意義があると考えているが、重複論文を中心とする複雑な問題が発生し、現在の状況は止むを得ないと考えている。余談になるが、日眼会誌掲載論文の英文抄録は引き続きJ.J.O.に掲載されている。しかし、時にその英文抄録が和文抄録と異なっていたり、英文に間違いがあり、英文抄録のJ.J.O.への転載時に日眼会誌掲載抄録と変更せざるを得ない例がみられている。日眼会誌の英文抄録について、著者は最善の注意を払っていただく必要がある。

 昨年「臨床、疫学研究に関する指針」が文部科学省から出されたが、学術、臨床面での倫理問題に関して日本眼科学会の果たす役割は増大している。研究に関しては以前から日本眼科学会では日眼会誌、J.J.O.ともに倫理規定を設け、倫理規定を満たしているか否かが査読における重要な視点とされてきている。研究目的、結果は意味ある内容でありながら、動物実験において動物の長時間体位拘束は倫理的に問題ありとの指摘がなされ、受理されなかった論文もある。再び余談になるが、「20世紀における眼科学の総括」に関して私が角膜移植について日眼会誌を調べていたところ、「家兎眼のヒトへの移植」や、「患者は本郷の旅館の番頭であるので術後の経過観察が容易である」などの記述がみられ、研究における倫理規範の変遷にも大変興味深いものがある。家兎角膜のヒトへの移植は現在は倫理的に許容されないが、近年、著名な米国の眼科医が終末期に進んでヒヒの肝臓移植を受け入れたとの話があり、医学と倫理の難しさを考えさせる。

 学術的役割としては「用語」も大きな課題である。用語は眼科における論文のみならず、医師国家試験や社会での眼科用語の基盤となるために重要な意味をもっている。現在の眼科用語集は清水委員長のもとで編集された第4版である。現在、用語委員会は私が委員長をさせていただき、阿部、石橋、市川、松橋、望月先生とで構成され、外国語に対する和訳語の整備がほぼ終了した。今後、これらについて評議員を中心に検討いただけるようにCDで資料をお渡しし、ご意見をいただく一方で和英対語の整備を行い、来年の第5版発刊を目指している。

 こうした学術的役割に加えて社会的役割を果たすために日本眼科学会には多くの委員会が組織されており、それらについては学会ホームページをご覧いただきたい。これらの委員会は専門医制度委員会など学術的、社会医学的に重要な役割を担っているもの、卒前、卒後教育システムなどに関する委員会などなど、極めて多岐にわたっている。これらの委員会は大体、土曜日もしくは平日夕方以降の開催である。事務局は比較的少人数でこうした学会活動を支えておられ、大変な仕事であるとつくづく感じ入っている次第である。

 多くの委員会がある上での提案で恐縮であるが、昨今の医療訴訟に対する検討委員会も必要なのではないかと考えている。現在、関連学会で診療ガイドラインの作成がなされ、臨床のレベルの向上に有用な情報を与えてくれている。しかし、一方で医療訴訟において、ガイドラインはもろ刃の役割を果たす可能性があり慎重な対応が必要である。現在、私は東京地方裁判所が組織する地裁の医療集中部、都内の3弁護士会および都内13大学から成る3者の会合に出席している。この会合は鑑定人不足を検討する会として発足し、私の大学は遅れて参加したのであるが、その会合での議論は3者間の認識、特に裁判所に医療側の状態を認識してもらうのに役立つとともに私自身の勉強にもなっている。この会合で私が得ている認識は医療訴訟への情報提供のみならず、人的提供を学会が積極的に行っていくことの必要性である。日本眼科医会はすでに医療訴訟に取り組んでおられるが、私の理解するところは医療側、すなわち被告側としてであるように思われる。裁判所は当事者主義の民事事例を適正に処理するために公正な情報、知識の提供を希望している。そのために裁判所は鑑定制度以外に、専門委員制度も発足させ専門知識の提供の場を求めている。したがって、鑑定制度、専門委員制度について学会内でも理解を深め、積極的に対応することは医事紛争を医師の立場に限局せず、裁判所の立場に立って是々非々で対応するうえで極めて重要であり、学会という良識の府が果たせる、また期待される役割であると考えられる。

 学会は他の学会、行政、社会に対する重要な窓口である。従来、日本眼科学会はこうした外の世界に対する活動、働きかけが弱かった、もしくはスーパースター的な会員に依存し過ぎていたのではないかとの批判、議論がなされている。学会外に対する発言力を増すことの重要性、その意義に異論はないと考えられる。しかし、ここでもどのようにして実を挙げるかということになるとなかなか意見が纏まらない。学会役員の組織、規定の変更も一つの方法であろう。一方で、会員の意見をどのように学会に反映させるかも重要な課題である。財団法人における評議員、理事との関係が議論されることがあり、現在の運営は財団法人としての組織運営にそぐわないとの指摘もなされている。しかし、財団法人組織の前に日本眼科学会がすでに組織され、その歴史、組織内変遷の中で今日の組織、運営形態に到達したことを十分に念頭において考えていく必要があると考えられる。

 日本眼科学会は21世紀全体を見据えた日本の眼科学の発展のすべての面に否応もなく舵取りをしていくことが求められている。大変僭越ではありますが、このことは現在の会員一人一人の責務、役割に帰結する課題であることを会員全員が認識する必要があるのではないかと考えております。

財団法人日本眼科学会
理事 澤   充

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