日本眼科学会:理事会から(113巻9号)
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 この度、渉外担当の常務理事を仰せつかりました。今まで渉外担当理事は、故田野保雄先生が担当されていました。まだ担当して時間も浅く、また田野先生のようには十分な活動をすることはできませんが、よろしくお願いいたします。日本眼科学会にとって今日最大の渉外事項は、2014年に日本眼科学会が東京で主催するWorld Ophthalmology Congress(WOC、国際眼科学会)に向けての準備だと思います。幸い以前から田野先生を中心に石橋達朗庶務理事や大鹿哲郎WOC担当特任理事が、WOCの招致に対して多大な貢献をしてくださっております。WOCの開催に関しての経過などについては、第111巻5月号の「理事会から」に石橋理事が詳しく記載されています。根木 昭理事長、石橋、大鹿両理事を中心にWOC開催に向けて粛々と準備が進められています。

 WOC開催の準備を進めると同時に、日本眼科学会の渉外事項としてもう一点、大切なことは、いかにして日本眼科学会会員の先生方の、世界の眼科学への貢献をアピールし国際的な地位を維持していくかということです。一般的に、今日の我が国は、さまざまな社会分野で、国際的な立場を失いつつあると言っても過言ではないと思います。かつては、我が国は欧米化できた唯一のアジアの国とまで言われ、ある意味でアジアの代表的な国という立場を有していたと思います。明治維新以来、長年鎖国していたアジアの一国が、突然国際社会に躍り出ました。しかし、今日、シンガポールのような都市国家の成長と、中国やインドの大きな人口を有する大国のアジアでの台頭により、アジアの諸国や国際社会での日本の立場は弱体化していることは否めません。一つの要因として、世界共通語として用いられている英語の問題は、以前この欄で議論しました。もう一つの面は我が国がかつて持っていた素晴らしい教育のシステムの問題です。

 眼科の世界で考えてみますと、大庭紀雄先生が精力的にお調べくださっているように、日本が世界に向けて発信する新しい眼科情報は、世界レベルでもトップクラスです。つまり、日本の眼科が世界の眼科発展を大きく支えていると言っても過言ではありません。しかし平成16年の新しい医師臨床研修制度の導入と国立大学の独立行政法人化が、医療と教育という現場の状況を大きく変化させました。国内での私たち眼科医の立場や地位をいかにして維持するかということは基本的かつきわめて大切な問題ですが、同時に今まで築き上げてきた日本の眼科の国際的な地位を今後どのようにして維持していくのかということも大切な問題点です。大学での研修医の減少、大学院への進学数の減少、眼科診療実践への教育の優先など大きな変化が生じています。一つ一つを各論で議論すれば、どれもが日本の眼科医療を支えるうえできわめて重要であることに異論はありません。しかし、今日の世界に誇る長寿や自由な医療へのアクセス、そして世界に向けての数多くの新しい医学情報の発信と、どれを取り上げてもかつての我が国の教育や研修制度の成果が今現れているとも考えられます。今から10年あるいは20年先のことを考えたとき、成果だけを享受する社会になってしまうと、新たな医療知識や情報、医療機器は他国からの輸入にのみ頼ることになり、我が国は単なる医学や医療の消費国になってしまうでしょう。そのためには、今日役に立つ眼科医の育成と同時に、将来の我が国を見据えた眼科医と眼科研究者(視覚科学研究者)の養成を同時に図らねばなりません。しかも、医師の養成も研究者の養成も10年あるいは20年という時間を要します。教育や研修には、即効性のある方策は何もありません。これらの問題は、日本眼科学会に特異的なものではなく、日本の医学教育すべての分野で今日抱えている問題ではないかと考えます。このような社会的な状況の中で、将来の眼科の国内外での立場をどのようにして維持していくかは、今真剣に議論して行動すべき時期だと思います。

 1868年に明治政府が樹立され2世紀以上に亘り続いた徳川幕府による江戸時代の社会構造から、急激な欧米化が行われました。実はこの大きな社会構造の変化を支えたのが、長州ファイブと呼ばれる、井上 馨(外交の父)、遠藤謹助(造幣の父)、山尾庸三(工学の父)、伊藤博文(内閣の父)、井上 勝(鉄道の父)でした。当時の長州藩は、大政奉還の5年前に幕府の禁制を犯して、若い彼らをイギリスのLondon University Collegeに留学させました。鎖国していた期間も、「読み、書き、そろばん」で代表される基本的な教育が寺子屋を中心に広く一般に行われていたからこそ、長州ファイブで代表されるような素晴らしい若者を見出し、イギリスでの勉学の機会を与えることで、欧米の社会制度や学問や産業技術のきわめて速やかな導入が可能でありました。そして、その後の我が国の発展を支える人材を輩出することができたのです。

 今日の日本眼科学会の問題点を一つ一つ解決していくことも大切ですが、同時に次世代の芽となる種をまくことをおろそかにしてしまうことは避けねばなりません。今日の現実問題の解決と種まきのバランスが、持続可能な社会を形成する段階にきた我が国ではきわめて大切ではないかと考えます。

財団法人 日本眼科学会
常務理事 西田 輝夫

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