日本眼科学会:ARVO 2012で考えたこと(116巻9号)
日本眼科学会 Japanese Ophthalmological Society
サイト内検索
検索方法
English HOME English English
会員専用コンテンツMY NICHIGANDEX
サポートセンター
HelpMY NICHIGANDEXとは?
MY NICHIGANDEXへログイン
お問い合わせ サイトマップ
メインナビゲーションを飛ばす
Home会員のみなさまへ理事会から > ARVO 2012で考えたこと(116巻9号)
会員のみなさまへ
コンテンツインデックスへ戻る
学術集会
専門医制度
生涯教育
ガイドライン・答申
各種手続
学会誌
理事会から
日本眼科社会保険会議
学術賞・助成金一覧
眼科関連学会

理事会から

ARVO 2012で考えたこと

 今日は2012年5月10日、私はARVOからの帰国のANA機上にある。食事を終えひと寝入りした後、何か宿酔のような感覚を味わっている。いや打ち負かされたようなというか、あるいは高い空から突き落とされたような感じというべきか。機内にいる人間としては縁起でもないが。

 まず、今回のARVOで見聞きしたものを書いてみよう。一番驚いたものは硝子体中に長さ0.5mmほどの金属を入れ、眼外に置かれた電磁石の磁場を変えることで硝子体腔内を自由自在に動かす技術。硝子体ゲルの存在下での装置の挙動など今後の課題はあるものの、その応用は計り知れないことだけは私でも想像できる。網膜、脈絡膜、毛様体に直接達する位置まで器具を正確に持っていくことができることで、新しいドラッグデリバリーの有力な方法となりうる。また、硝子体中に微小手術機器を入れ、術者は近くから車のドライバーのようにスクリーンを見ながら手元のコントローラーで手術操作をすることも夢と一笑に付すことはできなくなる。素晴らしい。私が敗北感を味わったのは、こうした技術の開発は臨床家だけでは到底できないからである。

 次いで、緑内障性視神経症をcuppingととらえてきたことの愚かさ。私たちが患者で見る変化は既に最終段階のものであり、視神経症の初期にはもっとダイナミックな形態変化を示すということ。それを象徴的に表すものが従来からのcuppingという表現でなくremodelingとして理解しようとするのが現在の動きなのだということ。これは、OCTの進歩により視神経篩状板およびその周囲組織の変化が検討でき、その成果を工学系研究者による数学的計算が理論的に補強し、組織学者による組織学的な検討で証明する、といった多分野の共同作業で推進された研究成果である。

 次も緑内障の話だが、緑内障臨床の基本となる進行の判断についても時代は先を行っている。形態(視神経・NFL所見)と機能(視野)の融合がいわれて久しいが、視野と画像検査の経年変化を網膜神経節細胞数の年次変化として表した研究があった。また、視野や画像解析の解釈に、統計学者の関与がさらに著しくなっていた。というか、統計や数学のバックグラウンドの知識を持たない眼科医にはこうした研究は無理だという現実を目の当たりにした。

 ARVOが新しい雑誌を創刊するとも聞いた。ずばり、「Translational Vision Science & Technology」である。他分野(「多分野」がより適切かもしれない)との融合による新しい眼科学の流れを自ら引き込もうという意欲を感じる。さすがにARVOは何が眼科学研究に必要なのかをよく理解していると思った。先に述べた新しい動きにはいずれもtranslational researchが絡んでいることは言うまでもない。

 そんな中で嬉しかったのは高橋政代先生(理化学研究所)がされた口演と終了後の拍手。私に高橋先生の講演内容を語る資格はないが、再生医学では日本の存在は大きいのだと思い少し安心もした。私はARVOの会期5日のうち3日間だけ参加し、また、自分が見たものはそのうちでもわずかに過ぎない。わずかに触れただけでもこれだけの衝撃を受けた。多くの若い人にこの衝撃を感じてもらいたい。

 私は日本眼科学会理事であり、かつ「研究」を担当する日本眼科学会戦略企画会議第四委員会の委員長でもある。日本の眼科学研究を推進する立場にある。その立場の人間が口にすべき言葉ではないと知ってはいるが、私は根本を変えない限り日本は生き残れないのではないかと以前から危惧してきた。今回のARVOでその印象はますます深まった。日本における従来型の(現在でも大抵そうだが)眼科学研究では、優秀な臨床家が一人か二人いて、その人の才能と努力と、あとは教室員といわれる人間が数人いたらそれで可能であった。手弁当と時間外労働を前提としての家内工業的な体制である。それでも日本人は努力家なので、そのやり方でそこそこの成果が出せて、程々の雑誌に載せてもらえた。中には一流の雑誌に載せられる研究成果も出た。この家内工業的体制はしかし所詮は研究を目指したものではない。臨床の片手間にやっているに過ぎない。明治時代に八幡製鉄所を造って重工業を基盤とした新体制の日本を築いてきたように、眼科学研究においてもそろそろ体制の改革が必要な時期ではないか。具体的にどうしたらよいか。研究は付加価値を生み出すとして先行投資をする(人と金を大量につぎ込む)ことが第一であろう。基本は重厚な体制作り。それは国家レベルでの話になり、例えば東京大学とか京都大学をそれぞれ改組して東西の医学研究センター化するとか、感覚器センターを大幅に充実させ研究者を集中させるなど、方法はいくつかあるはずである。医局のレベル、大学のレベル、医学各領域のレベル、役所のレベルなどに今でも残るセクショナリズムを越えて、日本全体の底上げを図る努力を強力なリーダーシップのもとに続けていく必要性を痛感する。その意味で日本眼科学会の存在は一段と重要である。

 もう一つ、大事なことは若い世代に研究の重要性を理解してもらう努力。近年の医学教育は医学教育の専門家なる人たちが関与していて、カリキュラムの画一化や標準化などにはえらく熱心であるが、それでいて研究に結びつくようなことを標準的なカリキュラムの中で教え込むことはしたがらない(と私には思える)。英語の医学教科書などは否定される。医師国家試験合格後の初期臨床研修も画一的である。そのためか、自分で考えて進む研究マインドを持った若い人が少ないようである。日本眼科学会総会ではそうした若人に研究の面白さを理解してもらう目的で、基礎研究セミナー、英文論文作成セミナー、基礎研究スキルトランスファーなどを企画しているが、残念なことに出席者は少なめである。私は企画責任者としても今後も努力をいとわないつもりであるが、各研修施設の責任ある立場の先生方にもなお一層若い人への働きかけをお願いしたい。

 私は日本の眼科学研究が衰退するところを見たくはない。この数十年の間に先輩方が築いてくれた日本の眼科学研究の発展が、夢であったか現実であったか判然としない「胡蝶の夢」に終わらないことを真摯に願っている。

財団法人 日本眼科学会
理事 山本 哲也

メインナビゲーションへ戻る
このページのトップへ
お問い合わせ利用規約プライバシーポリシーアクセシビリティ
Copyright © 公益財団法人日本眼科学会 All rights reserved.