日本眼科学会:「あの日」には戻れない(120巻5号)
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「あの日」には戻れない

 小保方晴子氏著作「あの日」を読んだ。例のSTAP細胞騒動の顛末を当事者として著述した作品である。あの日とは、騒動前の落ち着いた環境で研究生活を持てていた日々ということのようであり、その日に戻り騒動を起こすことなく済ませたかったという著者の願望を表している。私は細胞生物学者ではないので書籍の内容に関する論評は控えたい。ただ一つ確かなことがある。「あの日」には戻れないことだ。タイムマシンでもない限り。

 医学研究において現在の研究環境が次第に複雑化していることに対する研究者の不満をよく耳にするし、私自身も強く感じている。以前は規制も緩く研究そのもの以外の業務が少なかったから、研究者が自らの興味に沿って割と自由に研究を行うことができていた。研究活動は楽しみなものであったし、診療に忙しい臨床医が診療の片手間に研究活動を行ってもそれなりの成果が生まれやすかったと思う。しかしながら、現在は事情がまるで異なる。人的な体制作り、研究時間の確保、研究費の確保が担保されないと良い研究は生まれない仕組みになっている。以下に関連したいくつかの点を述べる。

 「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(文部科学省、厚生労働省;平成26年12月22日公表、平成27年4月1日施行)」によれば、「研究責任者は、介入を行う研究について、国立大学附属病院長会議、一般財団法人日本医薬情報センター又は公益社団法人日本医師会が設置している公開データベースに、当該研究の概要をその実施に先立って登録し、研究計画書の変更及び研究の進捗に応じて適宜更新しなければならず、また、研究を終了したときは、遅滞なく、当該研究の結果を登録しなければならない。」と研究登録の義務化について記載されている。具体的には多くの研究者がUMINへの登録を行っているようだが、実際に登録を行ってみると面倒であるし、扱う研究対象によっては更新作業も手間がかかる。ただし、日本眼科学会の英文機関誌Japanese Journal of Ophthalmology(JJO)も今後は公開データベースへの登録を論文審査の条件とする案が話し合われている。外国誌ではJAMA OphthalmologyとIOVSにおいて同様にInternational Clinical Trials Registry Platformへの登録を必須としていて、日本国内での研究ならばUMINへの登録を行うことで条件は満たされることになっている。

 研究においては倫理規範の遵守も重要である。すなわち前述の国の倫理指針を遵守して、研究計画を立て、倫理審査委員会の審査を受け、研究機関の長が許可した研究計画に沿って研究を実施することになる。がんじがらめである。しかし、これは基本ルールであり、少しでも逸脱することは認められないし、逸脱しては学会発表も論文化もできない。この辺りは総論としては従前からあるルールであるが、最近では継続的に受講しなければいけない講習・研修の数が一段と増加しており、結果として皮肉なことに研究時間の減少を招いている。

 研究の信頼性の一指標とされる利益相反申告については、申告が必要とされる範囲が次第に拡大している。従前は当該研究に直接関係する利益相反で、かつ一定の金額以上という条件を満たす事項の申告で済んでいたものが、研究との関連は第三者が判断することであるという建前から、関係なさそうな事項であっても、また少額であっても申告することが求められるようになってきている。研究者の個人情報の保護に関しては配慮されない。

 研究の信頼性の確保のため、研究資料やデータの保管義務も厳しくなっている。データの外部への漏出防止にどれだけの時間と手間と費用をかけているのかご存知か。患者個人情報保護のためデータシート上では匿名化が義務付けられる。するとデータと患者名との対応が付かなくなるので、全く別に患者カルテとの照合のみを目的とする対応表が1つだけ作成され、その対応表は外部から侵入されないようにインターネットから隔離された専用のパソコンに入れられ常時鍵のかかった部屋で管理され、特に権限を持った人だけが閲覧できるようにされる。こうした状況から容易に想像できるようにこの連結可能匿名化データと呼ばれるデータが何らかの理由でアップデートを要するときにかかる苦労は並大抵のものではない。加えて、侵襲を伴い介入を行う研究においては第三者によるモニタリングと監査が義務化された。そのため、従来は払う必要のなかった人的および金銭的なコストが発生している。

 比較的単純な介入研究の例として、新しく上市された緑内障薬が既存のプロスタグランジン関連薬と交感神経β遮断薬を併用している開放隅角緑内障患者において1mmHg以上の付加的眼圧下降効果を有するか否かを検証する無作為化比較前向き試験を計画することを考えてみる。このとき研究者は次のことを行う必要がある。

  1. 試験計画書の作成(必要症例数の計算、遮蔽試験とするかどうかの判断等を含む)
  2. 患者説明文書・同意文書の作成
  3. 1と2をもとに倫理審査委員会への研究申請書類の作成
  4. 倫理審査委員会での研究内容の説明と質疑応答
  5. 公開データベースへの研究の登録および定期的な更新
  6. 保険会社との交渉と保険加入(医薬品には公的な副作用被害救済制度はあるものの介入研究という性格から保険加入は不可避)
  7. 患者データベースからの候補患者の事前選択
  8. 第三者による無作為化の仕組みの構築(コスト必要。従前行われていた封筒法等による無作為化は現在では認められない)
  9. 臨床試験実施(十分な説明と同意取得に細心の留意をしつつ)
  10. データの厳重管理、保存
  11. 同意文書の管理保管
  12. 外部機関によるデータのモニタリング、監査
  13. データ解析(個人情報保護に対する最大限の留意をしつつ)
  14. 発表(学会、論文)(正確な利益相反申告)

 結局のところ、こうした労力に見合うだけの研究成果が得られるかどうかということで研究実施に二の足を踏むことも多くなるわけである。

 現在の研究環境の厳しさの一端を紹介した。確かに従前のように簡単には研究活動ができなくなっている。ただ一つ確かなことがある。「あの日」には戻れないことだ。研究者はこうした状況を踏まえて、十分な時間と人と研究費を確保しつつ、粛々と研究を推進しなければならない。

 日本眼科学会ではこうした状況にある研究活動をできるだけ援助し、日本発の優れた研究が多数なされることを期待して、戦略企画会議、また、常務理事会、理事会、評議員会において時間をかけて討議を続けている。具体的には、本誌の今年(第120巻)4号の「戦略企画会議から」をご参照いただきたい。重点施策として、現在の研究の基本的な在り方を正しく伝える、若い人たちが研究活動に魅力を感じてもらえるような各種の取り組みを行う、日本の研究を世界に対して積極的にアピールする、関連他領域の最新の研究を日本眼科学会会員に紹介する、などを挙げ、こうした活動を通じて国内の研究活動の活性化を図っていきたいと考えている。

公益財団法人 日本眼科学会
理事 山本 哲也

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