2020/11/10

医師の働き方改革と眼科

 コロナ禍で長らく止まっていた厚生労働省の「医師の働き方改革の推進に関する検討会」が、8月末に再開した。今回の事態を受けて、改革の方向性を見直すべしとの意見(期待)が多く出されたが、一般職(歯科医師も含む)ではすでに始まっている時間外労働規制が、医師だけは5年先延ばしになっていたのだから、検討の再開は当然のことだろう。私は、2017年8月に発足した「医師の働き方改革に関する検討会」および現下の「推進に関する検討会」の構成員として、大学病院の立場で議論に参加してきた。

 そもそも今回の医師の働き方改革は、一人一人の医師にスポットライトが当たった、初めての医療体制改革と言える。

 敗戦により日本の医療体制は完全に崩壊し、戦後70年以上をかけて整備が進み、世界でも有数の長寿国を誇るまでになった。ハコモノの整備に始まり、最近では質的向上にも力が注がれるようになってきたが、根幹の部分では、我が国の医療は医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられてきた(「医師の働き方改革の推進に関する検討会」報告書より)。また医師自身も「医者って特別だよね」という常識(あるいは幻想、あるいは優越感)の下に、過重労働に疑問を持たずにきた。

 一連の検討では、このような「常識」に対して明確に異を唱え、医師一人一人に焦点を当てて医療制度改革の必要性を訴えている。しかも、これまでの医療制度が過酷な医師の労働環境を前提としていたために、この前提条件を変えるためには、医療体制そのものの抜本的改革が不可欠であり、そのような大改革がわずか5年で成し得るのか誰もが疑問に思うのは当然のことである。「年1,860時間」という時間外勤務の上限規制は、一般職の720時間に比べれば明らかに異常であり、多くの意見(無責任かつ感情的な)があるものの、医療体制の崩壊という最悪の事態を避けるためにはやむを得ない妥協点と言わざるを得ない。

 また、働き方改革の達成のためには、地域医療体制の改革と医師の偏在対策も避けて通れないため、厚生労働省は「三位一体の改革」という旗印の下に一気に進めようとしており、関係者の中に摩擦が生じ始めている。立場が違えば言い分も違うが、後者二つの改革に残された時間の猶予はわずかであり、関係者は目先の利益のみにとらわれることなく知恵を絞り汗をかくべきであろう。

 とはいえ、多くの眼科医にとっては他人事かもしれない。改革の対象は病院勤務医だけであり、しかも全科の中で眼科医の勤務時間は最も短く、統計上は時間外労働はほんのわずかである。働き方改革の影響を受けるのは、大学病院や地方基幹病院などで過酷な勤務を強いられている「不運な」眼科医だけだろう。

 一般病院医師や大学病院の非常勤医師(国立大学では医員クラス)では、診療以外の研鑽の取り扱いが概ね定められている(厚労省局長通知、令和元年7月1日)。しかし大学病院の助教以上の常勤医師(臨床系教員)は教育職であり、(一部の大学で例外はあるが)教育・研究・診療、3つのタスクが課せられており、任期更新に際しては3つのタスクそれぞれについて業績評価される。診療や教育については時間管理が可能であるが、研究の部分については動物実験であったり、病院で臨床データを整理したり、医局(あるいは自宅)で論文を書いたりと多種多様であり、その管理は決して容易でない。

 このため大学の一般研究者では専門業務型裁量労働制が基本とされてきており、多くの国立大学病院では医師である臨床系教員にも適用されている。しかし診療業務に裁量の余地はほとんどなく、臨床系教員の業務すべてを裁量労働制でカバーすることには無理がある。現に労働基準監督署からそのような指摘を受けた大学病院があると聞く。今後の対応としては、研究の部分にはみなし労働時間を設定して裁量労働とし、診療と教育については定時を超える部分に対して時間外手当を支給するという、ハイブリッドな仕組みを作る必要がある。

 さらにまた、国立大学の法人化以降、各大学の判断で労働時間制度を選択してきた経緯がある。このため大学毎に事情が異なっており、一律に新たな仕組みを被せることは困難である。本来、裁量労働制とは、好きな時間に出勤して好きな時間まで研究できるという、研究者にとっても大学にとっても都合の良い「いい加減な」制度のはずであった。しかしブラック企業が悪用し社会問題化したために、この制度の持つ柔軟性が失われつつあることも問題を複雑にしている。結局のところは、各大学で相談して36協定を結ぶしかなく、現場に混乱を生じることは避けられそうもない。あわせて、研究者全般の労働時間管理について文部科学省主導で議論すべきと考える。

 さらに1,860時間の時間外規制や28時間の連続労働時間制限、9時間のインターバル規制などの新たな規制は、研究も含めた全労働時間にかかってくる。「当直明けの通常勤務はダメ」としながら、「徹夜の実験明けの手術はOK」では整合性が取れない。現状のまま進めば、多くの外科系診療科で診療だけで規制時間いっぱいになりかねない。いかに診療時間を短縮して研究時間を捻出するかが、重要な課題となる。また兼業・副業(バイト)も含めて本務先(つまり大学病院)がトータルで時間管理することとなっている。その時間については自己申告制が取られることとなったが、医局で管理するバイトは自己申告の有無にかかわらず大学による時間管理の範囲に含まれる。したがって、大学病院の各診療科は診療・教育・研究・バイトのすべての業務内容をゼロベースで見直さなければならない。それとともに、より根源的な問題として、バイトせずには生活できない大学病院の給与体系そのものも見直す必要がある。これには診療報酬の配分見直しというきわめて危険な問題があり、激しく恨まれる覚悟がなければ、とても手が出せない。

 年間1,860時間までの時間外勤務が許される「地域医療確保暫定特例水準(B水準)」や「集中的技能向上水準(C-1、C-2水準)」は、病院全体に一律に課せられるものではなく、診療科ごとに定めることができる。つまり、診療・教育・研究・バイトを全部ひっくるめて960時間の時間外勤務に収められれば、基本的なA水準として申請が可能となる。多くの外科系診療科がやっとのことでB水準を達成する中で、仮に眼科がA水準を打ち出したとしたら(可能かどうかはさておき)、どのような効果を生むだろうか? もしかしたら入局希望者が殺到するかもしれない(その是非もさておくが)。

 長期的な眼科医の必要数の予測があれこれ議論される中で、この医師の働き方改革を他人事とは思わず、日本の眼科医療にとって大きなプラスの効果が得られるよう、前向きに取り組むべきだろう。

公益財団法人 日本眼科学会
理事 山本 修一