理事会から

2021/03/10

プロフェッショナルオートノミーを守れ

 過去4年間にわたって、専門医制度担当理事を務めさせていただきました。十分な働きができたとは思えませんが、その間の経験を書いておくことは、今後の専門医制度の健全な発展に資するものと思いますので、記させていただきます。

 さて、その4年間で最も強く感じられたことは医師のプロフェッショナルオートノミーが危機に瀕しているということです。プロフェッショナルオートノミーとは、専門職集団は職業的良心に基づいて自分たちを律するという条件で、職業上の自由を与えられるという社会契約です。さらに分かりやすく言えば、政府や行政等の外部による規制(他律)を受けない代わりに、診療に関しては自ら自己規律(自律)のシステムを構築し、それに従って行動していくということです。このことは、患者あるいは学問の自由を守るためには最も重要であるとされており、現代の世界中の医療界で広く認められている考え方です。

 申すまでもなく、私の任期中の最大のイベントは、専攻医登録における都会のシーリング制度の導入でした。シーリング制度が開始される前段階として、都会に研修医が集中した結果、地方から医師がいなくなり地域医療が崩壊した状況がありました。医師がいなくなると、住民は安心して暮らせません。住民の悲鳴が上がり、地方の首長や議員が強く行政側に働きかけることとなりました。しかし、現行法では行政組織が医師の勤務地を指定することはできません。そこで専門医制度を通じて医師の適正配置を誘導することが図られましたが、その最初の試みが都会への研修医の集中を制限するシーリング制度でした。

 眼科専門医制度は、米国制度をモデルにしており、他診療科の手本になっていたほど完成されたものでした。重要なことは、米国の制度を日本風に変えただけではなく、そのプロフェッショナルオートノミーという精神も受け継ごうとしたことです。一つの例を挙げれば、都会の有力施設に研修医が集中することは研修の実を挙げるためにはふさわしくないので、各施設に定員の上限を設定したことがあります。ある診療科では、有力大学に配慮するあまり定員の上限を設定できずに、都会に著しい医師の集中が起きて地域医療が崩壊したのみならず、全国的に人気が低下しました。しかし、彼らは現在も反省することなく崩壊の原因を自分たち以外に求めています。一方、眼科ではかなり前から有力大学が率先して定員の上限を決めて運営したおかげで、地方の医療は守られ他診療科に比べて相変わらず高い人気を保っています。

 そのような歴史がありますので、行政側からシーリング制度を提示されたとき、プロフェッショナルオートノミーを掲げる日本眼科学会に大きな裁量権が付与されるものと考えておりました。しかし、霞が関に呼び出されて、会議室で滾々と説明を受けたとき、担当官の厳しいまなざしから行政側の異なる意図とその本気度が伝わりました。新制度に従わなかったら、逆に行政側から我々の裁量権が奪われるということまでほのめかされました。我々は甘かったとしか言えませんが、これは決して杞憂であったわけではなく、「眼科があそこまできっちりと定数を守るとは思わなかった。守らなかったらこちらで決めるつもりだった」という担当官の話も後日談としてありました。つまり、行政側は我々が考えるほどプロフェッショナルオートノミーの重要さを理解していないし、配慮もしないということです。

 このシーリングの話を日本眼科学会に最初に持ち帰った際には、大いに悩みました。プロフェッショナルオートノミーの原則から言えば、行政の指導に無理に従う必要はありません。一方、従わなければプロフェッショナルオートノミーを失います。何やら矛盾に満ちた命題でしたが、プロフェッショナルオートノミーを失う危険性を避けるために、我々は行政側の指導に従う決断をしました。シーリング地区の施設にとっては酷とも言える制度設計を行い、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。シーリング地区の方からは、「行政側に従わなくてもよい」という強い意見をいただきましたが、我々が感じた行政の本気度はそれを凌駕するものでした。皆様におかれましては、過日の決定過程にはこのような事情があったことをご理解いただきたいと思います。初年度は大いに混乱しましたし、その混乱は収まらず現在に至っています。今後も同様の変化が起きることは容易に想像できます。

 それでは、現在あるいは今後はどのように進んでいくのでしょうか。残念ながら楽観はできません。昨年の日本専門医機構の会議では、専門医制度について学会の積極的関与を軽視するかのような意見も出されました。また、新専門医は医師不足地域への一定期間の勤務を義務づけること、専門医資格の更新には試験を義務化すること、専門医試験の受験回数を制限することなどの提案が矢継ぎ早に日本専門医機構から出されました。もちろん、これらは医師の活動そのものに影響するものであり、本来は医師自身が考えるべき事柄です。プロフェッショナルオートノミーが侵される恐れがあるため、基本領域学会は共同して反対しようとしていますが、協力しない学会もあり先行きは不透明です。

 専門医制度については、自施設ならびに連携施設の定員を満たせるか否かなどという小さな視点から捉えられる方が多いのではないでしょうか。しかし、私が経験した4年間から言えるのは、現在の専門医制度の制度変更は医師のプロフェッショナルオートノミーという現代医療の根幹をなす哲学の危機につながるものであり、そのような大きな視点から捉えるべきだということです。日本眼科学会が目先の利益のために、行政の働きかけを無定見に受け入れることは自殺行為であり、将来に大きな禍根を残します。日本眼科学会会員の皆様、とりわけ専門医制度に携わる方々には、このことを忘れないでいただきたいと思います。


公益財団法人 日本眼科学会
常務理事 坂本 泰二