2021/09/10

転換の時を考える

 本年4月からの大鹿哲郎理事長の新体制のもと、渉外担当の常務理事に就任した金沢大学眼科の杉山和久です。国内、海外の諸学会への日本眼科学会からの発信、日本眼科医会との協力事業、そして国民への広報、啓発活動、政策提言など、重責と思いますが頑張りたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
 さて、日本眼科学会会員の皆様におかれまして、昨年令和2年(2020年)はどのような年であったでしょうか? おそらく、日本国民、いや世界の人々と同様にコロナ感染症で大変な思いをされた年ではなかったかと思います。私も皆様と同様に大変な年でしたし、それは今も続いております。昨年を漢字一字で表わすなら「転」であると思います。これは日本の眼科にとっても転換の「転」であったと思います。

 学会が変わる「転」
 昨年は第74回日本臨床眼科学会の学会長を務めました。どんな学会にしようとか、どんな挨拶をしようとか、 様々な会議や懇親の会合はどうしようとか、来日する外国人の先生方はどこに案内しようかとか、いろいろ考えていましたが、その必要は一切なくなりました。コロナ感染症のため、通常の東京国際フォーラムでの学会は開催できなくなり、完全Webでの開催となりました。全国の眼科医の先生方と会えないのはとても残念でしたが、学会自体は何とか成功し、1万1千人を超す過去最高の参加登録がありました。「いつでも、どこでも学会参加できるオンデマンド」をキャッチフレーズに、特に若手の参加者からもポジティブな意見を多数いただきました。私自身も学会の宣伝ビデオで加賀の殿様の格好をして登場しましたし、開会式は金沢城の新しく再建された「鼠多門」、閉会式は兼六園の「ことじ灯篭」の前で撮影、最後は教室員全員で金沢大学附属病院の屋上からした「さよなら」をドローンで撮影し、大満足でした。昨年はコロナ感染症による学会開催のWebへの大転換が世界中で起こりました。まさに、世界で起こった学会の「転」であり、今後は通常開催に戻っても、参加したい人は全員が参加できるWebの併用は必要不可欠になるかもしれません。

 IT革命によるオンライン診療、AIによる「転」
 学会や会議のWeb開催やハイブリッド開催は、コロナ感染症の蔓延とIT革命(情報技術の革新が、個人や組織の活動に変革を起こす)がもたらした成果です。ドラえもんの「どこでもドア」のように容易に国内外の学会や会議にも参加できます。そのため、会議や学会・講演会のための週末の出張は激減し、年に数回行っていた海外出張もなくなり、少し寂しいですが身体はとても楽になりました。このあとに続くのが、オンライン診療を用いた遠隔診療、そして、AIによるWeb問診と自動診断へと発展していくのでしょうか? それによって、医師の働き方改革による労働力の不足や地方の医師不足等の問題がある程度解決していくことを期待したいと思います。

 医学部長による「転」
 私事ですが、昨年4月から従来の医学部長である医学系長(医学系職員の長)・医学類長(医学類学生の教育責任者)を拝命しました。これが私個人の「転」となりました。医学系長・類長は当初思ったより大変な仕事で、多くのエフォートを費やすこととなりました。何しろ会議が多いことと、多くの会議で司会をするので、欠席できません。なかでも大変なのは、問題を起こした学生への対処、学生教育全般の指揮、入学試験の責任者、そして教授選考にかかわる一連の人事の仕事です。特に教授選考については学長と教授会の意見が合わず、神経を擦り減らしました。また、学生の間でコロナ感染のクラスターが発生した時も休日返上で陣頭指揮を執り、大変な思いをしました。しかし物は考えようで、今後はこれらの経験を生かして、日本眼科学会の常務理事の仕事や、眼科学教室のために尽くしたいと考えております。

 お わ り に
 物事には万事良い側面と悪い側面があります。それは受け止め方ひとつで変わります。私は卒後5年目の若い時に愛媛大学医学部の解剖学教室に国内留学しました。その時に故上原康生教授より上述の「ポジティブ思考」の薫陶を受け、その後の人生の生き方の「転」となりました。また、北澤克明名誉教授(岐阜大学眼科)との出会いは、緑内障研究に目覚めた「転」でした。今まさに、日本の眼科が良い方向に転換する時であると思います。

公益財団法人 日本眼科学会
常務理事 杉山 和久