理事会から

2024/06/10

クオータ制って何? ―スポーツの話じゃないですよ

 クオータ制ってご存じですか? 関心の高い人は「もちろん知ってるよ」となると思いますが、多くの眼科医は、 聞いたことない(バスケやアメフトの話?)、あるいは、以下の内容を読むと「政治や企業でそんなことやっていると聞いたことあるわ」という程度かもしれません。でも、眼科医療・学術においても、皆が関心をもって注目し、継続して意識すべき問題だと思い、本稿に書かせていただくことにしました。

 クオータ制とは「人種や性別、宗教などを基準に、一定の比率で人数を割り当てる制度」(Wikipedia)です。議員・委員における女性の割合を決めること(ジェンダー・クオータ)が代表的ですが、政治以外の分野(企業役員や貿易品目)や男女以外の配分(人種など)にも採用されています。

 今回は、眼科におけるジェンダーギャップ、特に日本眼科学会(以下、日眼)の運営と学術に絞って考えてみたいと思います(根底にある女性の働き方にまで及ぶと膨大になるので今回は割愛します)。しかし、本稿を書くにあたってネットで調べだすと、知らないこと、理解不十分だったこと、興味のあることなどが次々と出てきて、沼落ちしかけました(興味深いキーワード:内閣府男女共同参画局、フェミニズム、つがい動物図鑑)。

 クオータ制は女性議員を増やす目的で1970年代に北欧で始まったようです。フランスやアメリカは、女性の社会参加が進んでいるように思い込んでいましたが、実は最近になって(ここ2、30年)頑張っている国だと知って驚きました。日本も同時期に取り組み始めた(1986年の男女雇用機会均等法、1999年の男女共同参画基本法の施行)のですが、国民の意識は向上せず(*これがポイント)、日本のジェンダーギャップ指数は現在153か国中121位です。

 日眼医はススンでる

 では、我々日眼はどうなのでしょうか? 評議員は110名おりますが、女性はわずか11名、10.0%です。役員(理事長・理事・監事)だけでみると16.7%と少しましですが、それでもG20における意思決定層の女性比率29.9%〔国際労働機関(ILO)2020年〕と比べると、まだ少ないと言えます。
 学術のほうに目を向けても、学会の座長、シンポジストにおける女性比率が少ないことは、皆さんも感じていると思います。その原因としては、日眼の組織運営における女性比率が低い理由と一部共通するものもありますが、大学における講師以上の女性比率の低さ(眼科、医学に限らず)というものもあると思います。
 一方、日本眼科医会はかなりススンでいます。詳しくは『日本の眼科』第91巻12号(2020年)の白根会長の特別寄稿(必読!)を参考にしていただければと思いますが、2020年における女性役員の割合は23.3%と1990年の5.8倍に増加しています。これは日本医師会全体の水準を上回るもので、眼科が誇るべき成果だと思います。

 クオータ制賛成!

 では、日眼にクオータ制を導入し、評議員や座長・シンポジストの一定の比率を女性に割り当てればよいのでしょうか? これに対する正解はないと思いますので、私個人の見解を書きますと、理想的な解決策ではないが、通過点として一時的に採用するのがよいのではないかと考えます。
 まず期待される効果(=賛成の理由)を挙げたいと思います。企業では、クオータ制を導入することで、今まで出産・育児・介護などのライフイベントで敬遠されがちであった女性の積極登用を促し、組織の多様性が強化されます。その結果、女性役員の比率が高い企業ほど経営指標が良いという調査結果もでています。また、女性のキャリアという問題が認識され、上記ライフイベントへの支援が見直されます。さらに、社会問題になっている少子化を、皆で考えるきっかけにもなるとされています。

 クオータ制反対!

 でも、ちょっと待って、という声もあると思います。一般論として、クオータ制に対しては、「逆差別」と見なす意見や、性別以外の枠も考慮すべきという意見がありますが、今回は日眼評議員と学会の座長・シンポジストに限って考えるので、少し脇に置いておきます。
 1つ目の問題は、「誰が引き受けるのか?」です。昨年の第77回日本臨床眼科学会では、一般講演の座長の40%以上を女性(日眼会員の約40%が女性です)にするという目標を立てられたのですが、座長依頼をお断りされる方も多く、大鹿学会長が直接交渉したり、知人を通じてお願いしたりして、やっと達成したと聞いております。日眼の評議員に関しても、立候補制となっており、女性の立候補者自体が少ないという問題があります。企業におけるアンケート調査でも、女性管理職が増えない理由のトップは「女性本人が希望しない」でした。しかし逆に、子どものいない働く女性を対象にした調査では、67%が「求められれば管理職を経験してみたい」と回答しており、女性が本質的に後ろ向きではないことが分かります。
 では、何が足を引っ張っているのでしょうか? ネットで得た情報を整理すると、① 仕事と育児(家事)の両立、② 自信のなさ(インポスター症候群) 、③ ロールモデルの少なさ、などが挙げられます。①は性別役割分担意識(男性は仕事をし、女性は家事育児を行うという固定的な意識)の改善など、女性医師の働き方にも関わる重要な問題で、今回は誌面の都合上割愛しますが、役員・座長・シンポジストをするためには、業績の蓄積が必要で、それに割く時間が少ないことは、日眼全体(広くは社会全体)で取り組む必要があると思います。②に関しては、女性は男性に比べて自分の能力をより厳しく評価し、より高い基準を自身に課す傾向があるという論文も発表されています。しかし、男性でも「自分に座長(シンポジスト)なんて無理です」と考える眼科医も多数いますので、声がかかったときは、同僚・後輩女性のためと思って、是非引き受けていただければと思います。③のロールモデルに関しては、これまで頑張ってこられた女性医師も少なくはないのですが、その方たちは ①、② を乗り越えたスーパーウーマンが多いため、自分にはできないと思ってしまうことです。②、③を解決する(「皆がやるなら、私もやろう」と思える)方法として、しばらくはクオータ制を取り入れるのがよいのではないかと、私は考えます。
 2つ目の問題は、「無理矢理数合わせをして、クオリティが下がらないか」、という懸念です。現在、性別を意識せずに、業績評価で座長・シンポジスト(役員もある程度)を決めており、その結果女性の数が少ないのは、上記の如く、業績蓄積に割く時間の差が出ているのではないかと思います。しかし、その時点だけをみると男性のほうが業績≒論文数を持っている人が多いかもしれませんが、女性医師も任されれば最大限の努力をするので、クオリティが下がることはほぼないと推測します。たとえ若干の低下がみられたとしても、それは一時的なもの(サポート体制が整うまで)だと思います。もしクオリティの低下が続くようなら、元に戻せばよいのではないかと思います。

 “ひとごと”ではなく、“自分ごと”にしよう

 聞き及んでいる範囲では、日本網膜硝子体学会(理事の30%を女性)と日本近視学会(同50%)がクオータ制を導入します。一般的に、少数派とされる人たちが意思決定層の30%を占めると、意思決定に大きな影響を及ぼすとされています(「クリティカル・マス」)。歴史的にみても、解決が難しい問題や既得権益を脅かす提案をすると煙たがられたり、ガス抜きだけして対応を先送りしたり、ということが行われてきた気がします。クオータ制を導入することで、「学会(社会)は変わるんだ」「自分たちで変化を起こせるんだ」という意識が出てくれば、日眼はこれからも前向きに発展していくと思います。
 最初のほうに、政府の男女共同参画に対する「国民の関心の低さ」が日本のジェンダーギャップ指数低迷の一因と書きましたが、日眼の女性医師活躍に関しても、会員一人ひとりが自分ごととして意識を持たないと、改善は遅れると思います。本稿が、皆様の意識改革のきっかけになれば幸いです。

公益財団法人日本眼科学会
理事 瓶井 資弘