2020/05/10

新型コロナウイルスへの対応

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19,またはSevere Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2,略してSARS-CoV-2による感染症)が世界中で拡大し、医療のみならず社会全体への影響が計り知れないものとなってきました。1月に中国の武漢市で流行しはじめた頃にはまだ、重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome:SARS、2003年に流行)あるいは中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS、2012年に中東で流行)のように「春には収束に向かうだろう」、あるいは「日本にはたいして関係ないだろう」という程度に捉えていた人も多かったのではないでしょうか。しかし4月上旬までに世界の感染者数は120万人を超え、64,784人が亡くなりました(Johns Hopkins大学COVID-19 data center:https://coronavirus.jhu.edu/map.html)。

 そのような中、日本眼科学会では2月7日に関連リンク集「新型コロナウイルス感染症について」を公開、日本眼科医会と合同で2月27日に「新型コロナウイルス感染症と結膜炎について(国民の皆様へ)」、3月26日に「新型コロナウイルス感染症に対する正しい理解のために―眼科医療関係者へ―」、4月2日に「新型コロナウイルス感染症の目に関する情報について」(国民の皆様へ)を発出し、4月3日に日本眼科学会ホームページにおいて「新型コロナウイルス感染症関連情報」の特設ページを開設しました。著者は新米理事として新型コロナウイルス感染症対応の議論に加わりましたので、これまでの経緯を振り返り、今後を考えてみたいと思います。(日々刻々と状況が変わる中で、本文は4月第1週時点のものであることをお断りさせてください。)

1.学術情報とニュース

 PubMedにてCOVID-19をキーワードに検索すると、4月初旬時点で2,613篇の論文がヒットします。これらのうち、今回の新型コロナウイルス感染に関連するものは2月から出始め、3月に急増します。COVID-19感染症患者における結膜炎の頻度はおそらく1%程度であり、涙液からのウイルス検出については、検出する・しないの両方が報告されています。

 中国のある地域の海鮮市場を中心とする謎のウイルス性肺炎の流行が報道されたのが1月初旬であり、1月17日には湖北省武漢市において新型ウイルスによる肺炎で死者が2名になったことが報道されました。その後、感染者数は増え続け、日本ではクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新型コロナウイルスの集団感染が発生した2月以降、新型コロナウイルス感染に関するニュースが毎日報道されています。

 感染が日々拡大するなかで、医療関係者も一般の方と同様にニュースから新しい情報を得ています。すなわち新型コロナウイルス感染症について、客観的な評価を得た学術情報よりもニュースが先行するという、いまだかつてない状況にあります。

2.学会としての対応

 このような状況における学会の役割は、学術的に正しい情報を発信すること、眼科医療を守ることの2つが挙げられます。

 米国ではAmerican Academy of Ophthalmology(AAO)が2月初旬に、涙液を介する感染の可能性を指摘し、2019-新型コロナウイルスに感染した患者を治療する際に口、鼻、および目を保護することを推奨しました。日本眼科医会から、このAAOアラート(注意喚起)を紹介したところ、ネット上で「ゴーグルを買い占めろ」という動きが炎上しかけました。そのため日本眼科学会と日本眼科医会は合同で、2月27日に「結膜炎所見だけで新型コロナウイルス感染を鑑別することはできない、結膜炎の感染予防策は特段のものはない」ことを発信し、その後も眼科医療関係者向け、国民向けの両方で、標準予防策の徹底を呼び掛けています。予想もしない方向に、国民(一般の方々)を振り回さないことへの配慮が必要です。

 同じくAAOは3月下旬に、緊急以外の眼科診療の停止を呼びかけました。実際にアメリカでは主要都市がロックダウンし、眼科医療は網膜剥離などの緊急のみになっているようです。しかし診察の延期がいつまでに及ぶか分からない現状において、眼科医療を停止してしまうと、緑内障や加齢黄斑変性の悪化を招く患者が多く出ることが容易に推測できます。これらは、成人の中途失明原因の主要な疾患であり、眼科医療の停止が社会に及ぼす影響は多大といえます。

 日本眼科学会会員の皆様に厳しい対応、例えばAAOと同様に緊急以外の眼科診療の停止の号令をかけることは、各病院の判断に任せるよりも一見、責任を持っているように見えます。しかし、その影響で多くの患者さんが不利益を被るリスクがあります。眼科医療の難民を出してはならないのです。今何ができるか、取るべき行動のリスクとベネフィットの判断が理事会に求められていると考えております。

3.今後に向けて

 日本眼科学会および日本眼科学会と日本眼科医会の合同チーム(新型コロナウイルス感染症眼科対策会議)を3月下旬に立ち上げ、コロナウイルス感染症対応を議論しています。この状況が長びけば、教育、研究への影響も懸念され、その方面への対応も必要となってくるでしょう。

 できるだけ医学的に冷静に判断し、眼科医療と医学に貢献したいものです。

公益財団法人 日本眼科学会
理事 外園 千恵