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■巻頭言
眼科日常診療でよく遭遇するウイルスとしては、エンテロウイルスやアデノウイルスが挙げられる。エンテロウイルスはRNAウイルスであり、アデノウイルスはDNAウイルスである。エンテロウイルス70やコクサッキーウイルス24変異型などのRNAウイルスは、インフルエンザウイルスのように頻繁に流行し、高頻度に変異を起こす。これに対し、アデノウイルスのようなDNAウイルスは変異の頻度が低く、その幅も狭い。しかし、最近の院内感染例から分離される結膜由来の特定のアデノウイルス血清型では、ウイルスDNAの塩基配列変異が明らかにされ、同一のアデノウイルス血清型でも複数の新しい遺伝子型の出現が証明されている。 新興感染症である急性出血性結膜炎の流行は、病原ウイルスであるエンテロウイルスが、土着している近隣諸国から繰り返し侵入している。これに対し、再興感染症であるアデノウイルス4型や8型は、同じ血清型でも異なる遺伝子型に変異して院内感染を生じる。最近では、アデノウイルス37型による流行もみられ、今後さらに新しい血清型が流行する可能性がある。アデノウイルスのヘキソンやファイバの変異が近隣諸国で起きており、これが我が国に侵入している可能性も否定できない。 眼科ウイルス学では、試験管内と生体内の環境が異なるため、その病態の理解が遅れている。アデノウイルスが結膜上皮細胞のレセプターに接着するには、アデノウイルスのファイバが関与している。しかしファイバのみでは細胞内に侵入しないため、増殖することはできない。院内感染は一般に結膜から結膜に感染するアデノウイルスのD亜属に多い。多層性の結膜ではウイルスの植え継ぎが結膜の中で行われるので、十分なウイルスの発育が可能である。このため、ヘキソンやファイバの変異が細胞内への侵入の引き金となる。 アデノウイルス8型は試験管内での発育が遅いため、十分な力価が期待できず、中和試験での特異性が問題となる。このため良い抗血清が得られず、同定が困難なだけではなく、消毒薬の効果もin vitroでは判定しにくい現状である。このため、潜伏期における感染の可能性さえ唱えられている。今後は、日本眼科学会が中心となってウイルス性結膜炎の病因検査を確実にできるReference Centerを確立することが強く望まれる。 院内感染の主な原因の一つとして、抗アデノウイルス薬の開発が遅れていることが挙げられる。また、アデノウイルス自体の抵抗性は極めて強く、診療環境で持続して生き続けるため、院内感染が起こりやすいのである。ところが、これらウイルス性結膜炎を起こすウイルスへの関心はもっぱら眼科医に限定されている。アデノウイルスやエンテロウイルスを専門とするウイルス学者、基礎医学研究者は世界的にも見当たらない現状である。したがって、これらウイルスの研究や感染病態の理解、治療法の開発、予防対策の確立は、我々眼科医自身が解決しなければならない重要なテーマとなっている。 今回、眼科日常診療におけるウイルス性結膜炎の流行防止のため、この分野の基本的知識をまとめてマニュアル化する必要性が提唱された。このため、日本眼科学会、日本眼感染症学会が中心となって、ウイルス性結膜炎のガイドライン作成委員会を発足させた。委員としては、鳥取大学井上幸次教授、横浜市立大学内尾英一助教授、東京医科大学薄井紀夫講師、徳島診療所中川 尚院長、幸塚眼科岡本茂樹院長と私達が参加した。また、日本眼感染症学会の大橋裕一教授、日本角膜学会の木下 茂教授にも参加していただいた。ここに委員の皆様の御尽力に深甚なる謝意を表するものである。 今後、本ガイドラインがウイルス性結膜炎の日常診療、感染対策に少しでも役立つことを切望するものである。
大野 重昭(北海道大学大学院医学研究科視覚器病学分野) Shigeaki Ohno, M. D., Ph. D.(Department of Ophthalmology and Visual Sciences, Hokkaido University Graduate School of Medicine)
青木 功喜(横浜市立大学医学部眼科学教室、青木眼科) Koki Aoki, M. D., Ph. D.(Department of Ophthalmology, Yokohama City University, School of Medicine, Aoki Eye Clinic)
ガイドライン:ウイルス性結膜炎
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