地方の一大学教授の個人的な目線ではありますが、現在、自分の仕事を取り巻く環境は、大きな変革期にあると感じております。
まず、本稿執筆時点で全容が明らかとなっている令和8年度診療報酬改定2月答申について触れたいと思います。人件費の上昇、物価高、円安など経営環境が厳しさを増す中、自ら「価格転嫁(値上げ)」ができない医療業界にとって、今回の改定はきわめて注目の集まるものだったのではないでしょうか。ポジティブに捉えるべきは、令和8・9年度平均で+3.09%という近年にない引き上げがなされたことでしょう。ただし、その内実は「賃上げ」と「物価高対応」に重点が置かれたものとなっています。他産業並みのベースアップを目指して、視能訓練士、看護師、事務職員などの職種ごとの賃上げ目標が掲げられ(医師は対象外)、支給実績が検証されます。深刻な人手不足が日常的な課題であり、他産業との人材獲得競争も激化していることを私自身も実感しています。賃上げの実効性を担保するための検証・報告に伴い事務作業が増加するという側面はありますが、適切な人材配分による「チーム眼科」の基盤強化は、眼科診療の質を維持するための生命線であり、人材確保の原資が増えたことは喜ぶべきことです。また、物価高対策も講じられ、これも求められていた処置かと考えます。
一方、ネガティブな面としては、短期滞在手術等基本料1の大幅な引き下げがあげられます。特に日帰り白内障手術を収入の主とする施設では、難しい舵取りを迫られる可能性があります。さらに、外来医師過多区域における無床診療所の新規開業に対する「減算措置(医師偏在対策)」や、経営情報データベース(MCDB)の活用による「経営情報の見える化」も加速します。大きな方向性として、病院機能の分化と医療資源配分の合理化へ、経済的な圧力で進んでいくことが想像されます。今後の変化を見据え、自院の経営状況を客観的に把握し、透明性の高い運営を行うことがこれまで以上に求められる時代になりそうです。
次に、DX(デジタルトランスフォーメーション)とAIの活用についてです。グローバルな眼科市場は、今後15年で大きく拡大すると予想されています。国内においても、人口減少社会にありながら眼科需要は当面増大する見込みです。限られた医療資源で高度な医療を提供し続けるためにはDXの推進が必要とされています。前述の診療報酬改定に伴って増加が予想される事務作業を効率化するためにも有用かもしれません。私自身、以前は「DX推進」という言葉にやや食傷気味であり、戸惑う部分もありました。しかし、昨年から大規模言語モデルのAIを個人的に課金して活用するようになり、学術活動における劇的な業務効率化を実感しています(これが第4次産業革命か…)。日本の眼科学が世界をリードするには、グローバルな発信が欠かせません。最新のAIを活用することで、膨大な英語文献の検索・要約、論文草稿やスライドの作成、ネイティブレベルの英文校正がかつてないスピードで可能となりました。これにより、非英語圏という語学的な障壁が低くなり、大事な診療に時間を割きつつも、研究の一番の楽しみであるクリエイティブな思考に浸る余裕ができます。臨床領域においても、症例のサマリー作成や画像診断にAIが活用され始めています。これらは医師の働き方改革にも直結する絶大なメリットです。
一方で、AIには、もっともらしいが事実とは異なる「ハルシネーション」を出力するリスクが存在します。私自身も、架空と判断される論文をAIから提示される経験をしました(最新型はかなり良くなっています)。診療におけるAI応用はもちろんのこと、最終的な内容の正確性、科学的妥当性を担保するのは、人間の責任です。また、医療や研究活動においては、守秘性の高い情報を扱う機会が多いことから、とりわけパブリックなAIサービスの利用にあたっては、情報の性質に応じた慎重な配慮が求められます。進化し続けるAIは社会構造全体を大きく変革させようとしています。好むと好まざるとにかかわらず、もはやAIのない時代に後戻りすることはありえませんから、正しく賢くAIを活用し、共存することが肝要です。
変革期を迎えている(かもしれない)眼科医療ですが、AIの恩恵を享受し、変化を恐れず、しかし眼科医療の本質を見失うことなく、皆様とともに乗り越えていきたいと存じます。今後とも学会活動への一層のご支援をお願い申し上げます。