近年、大学病院眼科を取り巻く環境は大きく変化しているように感じます。大学病院眼科は高度な医療を担うだけでなく、研究により新たな知見を創出し、それを次世代へ継承する役割も果たしてきました。その基盤が弱体化することは、日本の眼科学全体の競争力にも影響を及ぼしかねません。
かつて眼科医のキャリアパスは、医学部卒業後、大学の眼科学講座に入局し、専門医資格を取得するとともに、研究活動や学位取得にも取り組みながら、大学病院や関連施設で研鑽を積むことが一般的でした。もちろん当時も市中病院勤務や最終的に開業医を選択する眼科医は少なくありませんでした。しかし、それは大学での教育、研究および高度な医療に一定期間携わり、眼科の専門性を十分に培った後の選択肢であったように思います。すなわち、大学は次のキャリアへ進むための単なる通過点ではなく、自らの専門性を深める重要な活動の場と位置づけられていました。
それに対し、近年は専門医資格取得後の比較的早い段階で大学を離れる医師が増えているように感じます。これは個々の価値観や社会環境の変化によるものであり、一概に良し悪しを論じるべきものではありません。しかし、大学が担う教育、研究、高度な医療の社会基盤という観点からみると、大切な課題を含んでいるようにも思われます。
大学病院の医師には、患者診療に加えて、教育および研究という重要な使命があります。かつて大学には、給与や待遇だけでは測ることのできない魅力がありました。大学は単なる診療の場にとどまらず、教育・研究を通じた知的好奇心の共有と新たな学術的価値の創造の場でもありました。近年、大学病院の経営環境が厳しくなる中、従来であれば教育や研究に充てられていた時間を診療へ振り向けざるを得ない場面が少なくありません。もし大学病院が市中病院などと同様に診療中心の場となり、教育や研究に十分な時間を確保できなくなれば、大学の魅力はどうなるでしょうか。若い医師にとって、給与面で必ずしも有利とはいえない大学勤務を選択する理由は、見えにくくなるかもしれません。
こうした課題は眼科に限ったものではありませんが、その一方で、眼科に特有の課題、すなわち診療における専門性発揮のしやすさ、および高度な医療の均てん化もあります。眼科は、外来診療から手術、術後管理までを一貫して担当できること、そして慢性疾患が多く個々の患者と長期間にわたり関われることが魅力ですが、市中病院勤務であれ開業医であれ、大学を離れても眼科医としての専門性を発揮しやすい診療科といえます。また近年は医療機器や情報技術の進歩により、かつて大学病院でしか行えなかった診療の多くが均てん化され、地域の中核病院や専門クリニックでも実践可能となっています。こうした眼科診療技術の均てん化は患者さんにとって望ましい変化ですが、眼科医が大学病院に所属する意義を改めて問い直す時代になったことを意味しているようにも思います。
加えて、眼科は女性医師の比率が高いという特徴があり、結婚、妊娠、出産、育児などを踏まえた働き方の整備が診療科として喫緊の課題です。さらに高齢化社会の進展に伴い、特に中堅世代の医師にとって、親など高齢者の介護の問題が大きくなっています。こうした多様なライフステージと大学勤務を両立できる環境をどのように整備するかは、女性医師だけでなく男性医師を含めたすべての医療従事者に共通する重要な課題です。
こうした一連の課題の根底には、「次の世代にどのような眼科学を引き継ぐのか」という共通した問いが存在しているように思います。大学病院が単なる大規模診療施設となり、教育や研究、自由な学術的議論の場としての機能を減じていけば、日本の眼科学の将来に少なからず影響を及ぼすことでしょう。大学でしかできないことは何か。その価値を改めて見つめ直し、次世代へ伝えていくことこそが、今の私たちの責務であると考えます。