理事会から

2023/01/06

さらば緊急事態宣言~NO学会NO LIFE

 昨年の夏頃まで我々は、緊急事態宣言だの、まん延防止等重点措置だの、不要不急だの、ステイホームだのに振り回され、それが2年も続くともう、何がまともな日常生活なのかよく分からない状態になっていました。小野妹子が男性か女性かよく分からないぐらい、混乱していました。知らんけど。原稿執筆時点(2022年10月)で状況はやや落ち着いていますが、第8波の到来も懸念されており、この先の見通しは不明瞭です。コロナ禍以前の生活が普通だったのか、ウィズコロナの今が普通なのか、渦中にいる我々が判断することは困難です。
 いつか「コロナ騒ぎは去った」と誰もが実感できるようになる日が来るでしょう。さすれば、「健康状態申告書」を学会場入り口で毎回記入させられることもなくなり、座長/演者間のアクリル板はなくなり、大手を振って懇親会に出席できるようになり、クシャミしただけで電車の中で睨まれたりすることはなくなるでしょう。
 昔、国語の教科書に、「わたしが一番きれいだったとき」という詩が載っていました。19歳で終戦を迎えた女性が、青春の一番良い時間を戦争に奪われた経験を詩に綴ったものです。若い人にとって、まさにコロナ禍がこれに相当するのではないでしょうか。人生の一番良いときに、マスク着用を強いられ、ソーシャルディスタンスを要求され、人との交流が制限され、ステイホームというのですから、何たる青春かと。昨年は「青春って、すごく密なので」という言葉もありました。
 医療関係でもそうですよね。医学生は一番楽しいときに活動制限でがんじがらめ、若い医師も積極的に出掛けていって経験値を積むべき時期に、コロナ禍によって足枷をはめられてしまっています。
 “NO MUSIC NO LIFE”という広告がありましたが、私は“NO学会NO LIFE”と強く感じています。必要に迫られて行われるようになったオンライン学会・講演会は、確かに便利です。空間的制約、時間的制約がなく、演者と聴講者の両方にメリットがあります。リモート会議も便利で、日程調整の苦労が軽減され、出席への物理的負担が激減しました。アフターコロナになっても、これらの流れは続くべきで、ビフォーコロナの状況に完全に後戻りすることはないでしょう。
 しかしながら、というか、この状況だからこそ、逆に現地開催学会のありがたさをしみじみと感じるのです。久し振りに実際の学会に参加すると、直接情報のやり取りができ、雑談や立ち話から得ることが多かったり、思いも掛けない出会いがあったりと、久し振りの感覚が蘇ります。Screen-to-screenではなくface-to-faceの良さ。ZOOMの画面では分からない表情の変化や、言葉の抑揚、細かなニュアンスを感じることができます。また、ふだん訪れない場所で美味しいものを食べたり、酒を酌み交わして旧交を温めたりは、現地に行ってこその楽しみでしょう。
 毎月のように出掛けていた海外学会に行けなくなって2年半。オンラインでの国際会議に参加し、その傍ら、Gで始まる企業のネット地図を見て現地に行った気分になっていました。時差もないし、長時間の移動もないし、安全上のリスクも生じないし、お金も掛からないので、これはこれで楽だから良いかなんて思っていました、というか思うようにしていました。
 でも、ヒトは旅をする動物です。アフリカで誕生した人類は、数万年前にアフリカを出て、山を越え、寒冷地を越え、海を越え、北アメリカに渡り、ついに南米の最南端まで到達しました。これをグレートジャーニーと呼び、それによって人類は世界に拡散していきました。
 ヒトが旅に出るのは何故か。いろいろな説がありますが、チコちゃんによると、“旅に出ることが人間の性(さが)だから”とのことです。ヒトの進化の過程で、「旅する心」が遺伝的に固定されたのかもしれません。生活(捕食・生殖)圏を越えて未知へ移動することは、まだ見ぬものへの探求心に突き動かされたからでしょう。
 現代人の直接の祖先である新人が約20万年前に誕生して以来、その歴史の95%は狩猟採集に基づく遊動生活を基本としており、定住生活に移行したのは農耕革命が起きた約1万年前にすぎません。人類史的視点に立てば定住生活はごく最近のライフスタイルなのです。したがって、人間はそもそも移動や旅とは切り離すことができない生き物であり、そのDNAが人間を旅に駆り立てるという考えが成り立つわけです。
 メタバース、VR/ARといったテクノロジーがどんどん進化しています。実際、バーチャルツアーというものが次々に売り出されています。ドローンによる空撮パノラマや、CGを組み合わせることによって、リアルを超えた大迫力の映像体験をもたらすこともできます。しかし、いくらこういった先端技術が進歩しても、“人間の性”を満足させることはできないでしょう。
 ということで、DNAの指令に従って(チコちゃんに言われるまでもなく)、今年は狩猟の旅(学会出張)にいそいそと出掛けて行こうと思うのです。

公益財団法人 日本眼科学会
理事長 大鹿 哲郎