2023/04/10

医学論文とオープンアクセス

 日本眼科学会の編集担当理事として、日本眼科学会雑誌の編集委員長およびJapanese Journal of Opthalmology(JJO)編集委員を務めております。一方で、自身が研究論文を作成して投稿する立場にもあるので、編集者と投稿者の両方の視点から論文や出版物について思いを巡らせています。
 まずは、編集者の立場から。眼科系の医学ジャーナルの中で、JJOの2021年度インパクトファクター(IF)順位は39位でした。JJOより上位のジャーナル38誌のうち、30誌がハイブリッドジャーナル〔著者がオプションとして申し込めばオープンアクセス(OA)にできる学術誌〕、8誌が完全オープンジャーナル(OA誌)〔論文の著者がAPC(論文出版料)を払って読者には無料で提供される学術誌〕です。JJOのように「購読タイプのみ」のジャーナルは、上位57位までのジャーナルの中でJJOだけでした。ということは、JJOをハイブリッドにすればIFが上がる可能性があります。JJOのIFを上げるため、というよりは国際的な立ち位置を上げるためにOA化は必須と思われ、JJOのハイブリッド化を検討しています。
 次に投稿者の立場から。今年に入り、最も驚いたのは英文論文掲載料の高額化です。ある日、医局秘書が「この論文の費用、どうしましょう?」と聞いてきたので請求書をみると“3,500ドル(約47万円)”…(絶句)。円安とはいえ、これまで支払った中で最も高い掲載料です。その後、別の論文が海外誌にアクセプトとなり、責任著者の教室員が喜んで報告に来てくれました。褒めるのもそこそこに「掲載料は?」と聞くと「2,300ドル(約30万円)です」と、少し顔を曇らせながら返答(高い、とは思ってくれたようです)。査読の内容を確認すると、査読コメントはA3半ページほどでスムースに査読が通ったとのこと。リジェクトで査読コメントが少ないことはあってもアクセプトされるときは通常、厳しい査読が並びます。「この査読、甘すぎない?」とつい聞いてしまいました。掲載料の高額な2誌はいずれもOA誌で、IFはどちらも4を超えています。苦労して研究費を取得できても論文掲載料が高額では、肝心の研究に使える経費が減ってしまいます。論文の費用対効果というものを考えてしまいました。
 現在のようなOAが存在しなかった頃には、英文論文を基礎研究なら『Invest Ophthalmol Vis Sci』、『Exp Eye Res』、臨床研究なら『Ophthalmology』、『Arch Ophthalmol』(現在のJAMA Ophthalmol)、『Am J Ophthalmol』、『Br J Ophthalmol』など、いずれも眼科系ジャーナルに投稿することを目標としていました。内容によっては専門の学会誌、例えば角膜の研究なら『Cornea』に投稿することもありました。最近は、『PLOS ONE』(2006年創刊)あるいは『Sci Rep』(2011年創刊)といったOA誌に投稿する研究者が増えているようです。この2誌は医学や科学全般をカバーするジャーナルであり、知らない研究者はいないと思われますが、これまで見たことのない、読んだこともないOA誌が増えています。OA誌の共通点は、掲載料が高額な代わりに、高いIFと査読から論文公開までの時間の短いことが大きな魅力となっています。論文が無料で読めれば引用される機会も増えていくので、OA誌は当然ながらIFが高くなりやすいです。でも『PLOS ONE』は「科学的な健全性のみを審査し、論文の影響力の大きさや重要性(すなわち“研究の意義”)を問わない」「“研究の意義”は出版後にこそ読者によって適切に評価される」というのが基本方針です(Peter Binfield:PLoS ONEとOAメガジャーナルの興隆。https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/pdf/5/doc3_binfield.pdf)。IFの高いジャーナルに掲載されたのに、ほとんど引用されないことになれば、その論文はよほど魅力がないということになるかもしれません。掲載された雑誌のIFでは論文を評価できない時代に突入していると言えそうです。
 最後に個人として一言。“研究の意義”とは、一言で述べるなら「医学・医療に貢献できる研究」だと考えます。例えば、角膜の医療に貢献できるかどうか、角膜を専門とする医師だから分かることもあります。IFはそう高くはありませんが、Cornea Societyのジャーナルである『Cornea』にはとても良い論文が散見されます。JJO然り、学会誌はより良い論文を社会に届けるために、所属する学会員が総力で査読と運営にあたっています。論文の投稿先を考えるとき、学会誌かどうかを検討することも大事ではないかと考えています。面白いことに学会誌のWebサイトではIFがどこに書いてあるのか見つけにくいのに対して、OA誌のWebサイトではIFが大々的に出ています。IFがトップページに目立つように載っている医学誌には注意すべきではないか、と最近になり気が付きました。研究者として駆け出しの頃、自身がcorresponding authorとして掲載された海外誌を勝手に「無料」だと勘違いして、掲載後3年くらいした頃にinvoice(請求書)、それも3万円くらいと安いものが届いたことがあります。のどかな良い時代だったと、過去形での話になるかもしれません。でも研究者が論文掲載料を気にしないでもよいことが理想であろうかと思います。JJOが日本眼科学会会員の皆様にとって国際的に発信できる魅力ある学術誌であるよう、費用と質の両面から取り組んでいます。

公益財団法人 日本眼科学会
常務理事 外園 千恵