ガイドライン・答申

2025/10/20

乳幼児の虐待による頭部傷害(abusive head trauma:AHT)の手引き
―眼底の診かた考えかた―New

日本眼科学会、日本小児眼科学会、日本網膜硝子体学会、日本眼循環学会

序 文

  小児虐待の報に触れる機会が増え、心を痛める日々が続いている。なかでも、乳幼児の虐待による頭部傷害、殊に暴力的に揺さぶられて起こる外傷〔abusive head trauma(AHT)/shaken baby syndrome(SBS)〕については、医学的および社会的にさまざまな議論がなされている。AHTはかつてSBSと呼ばれていたが、揺さぶりだけでなく頭部を打ちつける行為を伴うこともあるので、現在はAHTが標準的な呼称となっている。
 AHTの診断は眼科単独でなく、診察に関わった病院の全診療科(小児科、脳神経外科、脳神経内科、整形外科、放射線科、病理学、法医学など)によって総合的に行われるが、眼底所見が重要な根拠となる。AHTを診断することは、患児の診療ばかりか、患児を含めた家族の将来に大きな影響を与えることになるので、眼科医の任務は重要である。
 これまでAHTにおける「網膜出血」は出血の存在だけが議論されてきたところであるが、AHT(揺さぶり)の場合、その特徴は「多層性多発性出血」と言われてきた。しかし、出血の形態と分布を的確に観察することが、発生メカニズムを考察し診断するうえできわめて重要である。また、網膜分離や網膜ひだを伴うことがあり、診断に大きく役立つ。
 眼底検査は顕微鏡観察のごとく、出血の由来血管や網膜損傷のメカニズムを形態学的側面から詳細に理解でき、診断に大きく寄与する。この点を踏まえ、日本眼科学会、日本小児眼科学会、日本網膜硝子体学会、日本眼循環学会は共同で「乳幼児の虐待による頭部傷害(abusive head trauma:AHT)の手引き―眼底の診かた考えかた―」を発表する。
 本手引きでは、AHTに特徴的な眼底所見について解説する。眼科医が関わるAHT案件では揺さぶり傷害が大部分を占めるが、その眼底所見は特異であり、普段の診療で接する機会がきわめて少ない。一方で、打撃による眼球や眼窩内組織の傷害は眼外傷として眼科医になじみが深い。したがって、本手引きでは揺さぶりによる傷害を中心に述べる。第1章の簡易版「眼底の診かた」は、救急外来に受診あるいは入院してAHTを疑われたときにどのように診察するかの手引きである。第2章の詳細版「AHTの眼底の考え方」とQ&Aは、AHTをよく理解し、全診療科の総合的診断、児童相談所や司法から解説を求められたときに必要となる知識をまとめた。なお、本手引きの眼底検査は眼科の診療技術に沿うものであって、他診療科に求めるものではない。
 眼以外の所見については、日本小児科学会や米国小児学会から見解が発表されている。本手引きと相互に補 完し合うので参照いただきたい。

 ご意見を賜りました日本小児科学会と多くの専門分野の方々に感謝いたします。

(日眼会誌 2025; doi : https://doi.org/10.60330/nggz-2025-027)