ガイドライン・答申

2025/12/10

ウイルス性結膜炎診療ガイドライン(2025年版)New

ウイルス性結膜炎診療ガイドライン作成委員会

緒 言

  厚生労働省の感染症サーベイランスの報告数から推計すると、我が国では年間約70万~130万人が流行性角結膜炎(epidemic keratoconjunctivitis:EKC)に罹患すると考えられている。眼科における感染症の中では、きわめて多数の患者がみられる疾患である。EKCに加えて、咽頭結膜熱(pharyngoconjunctival fever:PCF)、急性出血性結膜炎(acute hemorrhagic conjunctivitis:AHC)の3疾患がいわゆるウイルス性結膜炎として臨床的に取り扱われる。ウイルス性結膜炎は市中感染だけでなく、院内感染の原因としても重要であり、2003年に「ウイルス性結膜炎診療ガイドライン」(ウイルス性結膜炎ガイドライン)がまとめられた。その後、2009年に「アデノウイルス院内感染対策ガイドライン」(院内感染ガイドライン)も制定された。
 「ウイルス性結膜炎ガイドライン」では、疫学、鑑別診断、臨床像、検査、治療、院内感染対策、ウイルス性結膜炎の説明例の順に包括的に記載、解説されていた。これは日本眼科学会雑誌に掲載されるようになった最初の診療ガイドラインでもあった。また、「院内感染ガイドライン」はアデノウイルス(adenovirus:AdV)結膜炎のみを対象にして、感染防止と発症時の対策、臨床所見、診断法・検査法、治療法、消毒法および、Appendixとして事例報告が追加され、臨床における実際的な内容がまとめられていた。
 「院内感染ガイドライン」からもすでに15年が経過し、その間に次のいくつかの大きな変化が生じた。まずは、AdVの分類法が、中和法による血清型から遺伝子変異率による遺伝子型へ転換したことによって、AdV52以降に多数の新型が報告され、その中で我が国でもAdV54、56、85などの大きな流行が生じている。次に、診断法の変化である。分類法の変化に関連して、分離中和法から全ゲノムのPCR-sequence法が研究室レベルで広く行われるようになり、臨床現場でのイムノクロマト法によるAdV迅速抗原検出キット(抗原検出キット)では結膜擦過検体ではなく、ろ紙で採取した涙液検体への転換が起こった。さらに、ウイルス感染症への関心の高まりがある。周知のように、2019年末からの新型コロナウイルスの世界的な流行では、結膜からの感染経路や接触感染が大きな注目を集め、ウイルス感染症の中でも伝染性疾患であるウイルス性結膜炎、ならびに厚生労働省の感染症サーベイランスについても関心が高まってきた。その間に、2021年に日本眼感染症学会ワーキンググループでEKCの届出基準の改訂も行われた。
 そこで、ウイルス性結膜炎全般の診療ガイドラインとして、広く眼科医に益するものとなることを目指し、AdV結膜炎を中心としつつ、エンテロウイルス(enterovirus)、ヘルペスウイルス(herpesvirus)による結膜炎についても含めた診療ガイドラインの改訂が作成委員会メンバーによって行われた。以前の診療ガイドラインと異なり、現在の診療ガイドラインは、科学的根拠に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文章で、医療者と患者を支援する目的を持つものとされている。しかし、ウイルス性結膜炎に対する特異的な抗微生物薬はなく、過去の論文、とりわけ無作為化比較試験(randomized controlled trial)は非常に限られている。本ガイドラインでは、ウイルス性結膜炎におけるこの初めての試みについて、作成委員会のメンバーが過去の論文のシステマティックレビューを行った。治療薬の総体評価、益と害のバランスなどを考慮して、患者と医療者の意思決定を支援するために、最適と考えられる推奨を、厳格な合意のもと作成した(Minds診療ガイドライン作成の手引き2020)。
 「ウイルス性結膜炎診療ガイドライン(2025年版)」の内容はウイルス性結膜炎の臨床上の特徴や、現時点での検査、治療法の標準的なものを示しているだけでなく、院内感染を生じた際の社会的な対応についても記載しており、眼科臨床医はその内容をご理解くださることを作成委員会一同希望している。本ガイドラインが、ウイルス性結膜炎の診療に従事する医師やコメディカル、そして患者とその関係者の皆様のお役に立つことができれば望外の喜びである。

(日眼会誌 129 : 1145-1183, 2025)