欧米の学会(特にヨーロッパ)に行くと、「ペットボトルはNG」「学会場で赤身の肉は出しません」「学会開催地へは飛行機ではなく、できるだけ電車で」「市内の移動もタクシーより、バスや地下鉄を」「ゴミの分別を徹底」など、エコ意識が高めなスローガンが飛び交っています。
つい“余計なお世話!”と言いたくなることもあれば、“その前に効き過ぎの冷房を何とかして(アメリカの場合)”とツッコみたくなることも。しかし、これも時代の流れです。ネームホルダーにプラスチックが使われなくなり、紙の抄録集や配布物も次々に姿を消しています。
医療と気候変動
気候変動対策はサステナビリティ(SDGs)の中でも重要視されており、CO2排出削減は、医療界でも積極的に取り組むべき課題とされています。WHOは「気候変動は21世紀最大の健康への脅威」としており1)、米国医師会は「気候変動とその健康影響を、医学教育のすべての段階で取り入れるべき」と決議しました2)。
日本医療政策機構によると、世界の温室効果ガス排出量の4.4%がヘルスケア業界由来とされ、日本でも医療関連のCO2排出量は72百万トンで国内排出量の約5.2%を占めています3)。
眼科手術と医療廃棄物
眼科は患者数と手術件数が多く、他の医療分野に比べて多量の医療廃棄物を出しています4)。特に白内障手術と抗VEGF薬の硝子体内注射は件数が多く、ディスポーザブル製品の多用で廃棄物量が増え、それに伴うCO2排出も問題になっています。
また、医療現場には無駄も少なくありません。眼内レンズの箱に紙の説明書(英語)が封入されていますが、実際に手に取って読まれた方はおられるでしょうか。QRコードにして、必要なときにオンラインアクセスできれば十分ですよね。
EyeSustain活動
2022年、眼科医療におけるサステナビリティ向上を目的に設立されたのが“EyeSustain”です。ASCRS(米国白内障屈折矯正手術学会)、ESCRS(欧州白内障屈折矯正手術学会)、AAO(米国眼科学会)の3団体が中心となりスタートし、各国の学会や国際学会が続々と参加、2024年10月時点で51団体が加盟しています。日本眼科学会も2023年からメンバーとなっています。
我々が取り組むべきこと
EyeSustainのウェブサイト(https://eyesustain.org/)には、さまざまな提言が掲載されています。眼科手術室の廃棄物対策は7つのpledgeにまとめられ(表)、“無駄を省き、廃棄物を減らし、安全性は犠牲にしない”が基本方針です。
表 眼科手術室における7つのアクションプラン |
1.サステナビリティと手術室の廃棄物の影響について、術者と手術スタッフを教育 |
2.廃棄物を最小限に抑えるために、手術パックの内容を定期的に見直す |
3.可能なら、1本の点眼薬を複数の患者に使用(multidose) |
4.患者用ガウンや体まで覆う大きなドレーピングが必要か再考 |
5.再利用可能な製品と、使い捨て製品の選択肢を、定期的に再評価 |
6.水洗いではなく、アルコールによる手指消毒を考慮 |
7.リサイクル戦略を導入 |
(https://eyesustain.org/より転載のうえ邦訳) |
従来、医療先進国では効率性や清潔性を重視して医療器具をディスポーザブル化してきましたが、手術装置のカセット類やチューブ類が増加し、廃棄物が増える一方です。
こうした潮流を反省し、EyeSustainでは“4R”(reduce、reuse、recycle、rethink)を掲げて無駄削減とCO2排出削減を推進しています。ただし、リユースやリサイクルの実現には医療側だけでなくメーカーや行政との協力が不可欠です。
さらに問題は医療廃棄物にとどまりません。例えば患者の通院回数を減らすことで、交通にかかるCO2排出も抑えられますし、物品をまとめて購入するだけで配送にかかるCO2も削減可能です(まずは自分のネット購入依存を見直すべきですね)。
各国の実情に合ったサステナビリティを
インドでは、エコな白内障手術法が普及し、医療廃棄物もCO2排出量も抑えられていますが、その手法を日本でそのまま取り入れるのは難しい面もあります。医療環境や規制は国によって大きく異なるため、慎重な適応が必要です。
日本眼科学会では、日本の実情に合わせたEyeSustainの取り組みを模索し、情報を皆様と共有していきたいと考えています。
文 献
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World Health Organization(WHO):「Climate Change:Key Facts October 12, 2023」. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/climate-change-and-health (Accessed 2024年11月6日).
- Philipsborn RP, Sheffield P, White A, Osta A, Anderson MS, Bernstein A:Climate change and the practice of medicine:essentials for resident education. Acad Med 96:355-367, 2021.
- 日本医療政策機構:「【HGPI政策コラム】(No. 39)―プラネタリーヘルスチームより―第6回:ヘルスケア業界が健康で持続可能な未来を実現するためには―グローバル・グリーン・アンド・ヘルシー・ホスピタルズの活動―」. https://hgpi.org/lecture/column-39.html (Accessed 2024年11月6日).
- Charters L:「Ophthalmology Times:Minimizing the carbon footprint of ophthalmic surgeries」. https://www.ophthalmologytimes.com/view/minimizing-the-carbon-footprint-of-ophthalmic-surgeries (Accessed 2024年11月6日).