理事会から

2026/01/09

眼科学のさらなる発展を祈念して

 本稿を執筆している今、ノーベル賞レクチャーをはじめとする2025年のノーベル賞関連行事が開催されています。本年度のノーベル生理学・医学賞ならびに化学賞には、坂口志文博士(大阪大学)、北川進博士(京都大学)という2名の日本人研究者が選ばれました。この朗報に接し、日本の基礎科学の底力を改めて実感しています。特に、坂口志文博士は大阪大学発のノーベル賞受賞者であり、個人的にも大いに喜ばしい限りです。一方で、冷静な現状認識も必要です。ノーベル賞の対象となる研究の多くは、10年、20年以上前の萌芽的研究に支えられています。しかし昨今、日本の基礎科学力の低下が指摘されており、実際に、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)による2025年報告によれば、日本の研究論文の総数は世界で第5位、被引用数上位10%(Top 10%)に入る論文数では第13位と、主要国から遅れをとっています。この傾向は、自然科学、生命科学、健康/医療科学全体で共通して指摘されており、医学分野も例外ではありません。私たちは、過去の蓄積による遺産で評価されている面が少なくないという現実を直視しなければなりません。
 日本眼科学会のミッションは、「眼科学の進歩発展を図り、もって人類・社会の福祉に貢献する」ことにあります。日本の眼科学研究が世界を牽引する力を維持し(あるいは取り戻し)ていくためには、制度的課題の議論が不可欠です。その一つが現行の専門医制度に伴うシーリングの問題です。医師の地域偏在・診療科偏在の是正は重要な政策課題ですが、卒後のキャリア形成を「必要医師数」という臨床偏重の尺度だけで捉えると、医学研究に携わる人材の減少を加速させかねません。医師を医療提供の労働力としてのみ扱う発想では、大学医学部が担う研究・教育の基盤を維持することができず、日本の医学研究力の衰退につながることは必至です。さらに、医師配置をマッチング制度によって決定する案についても議論が開始されていると聞きますが、若手医師が自らの志向に沿って多様なキャリアパスを選択しにくくなることへの懸念もあります。医師数調整と研究・教育基盤の維持・強化をいかに両立させるかは、今後の医療政策に求められる最重要課題の一つと考えます。
 さて、今後の医学研究のブレイクスルーを牽引する鍵は、間違いなくAIとの融合です。2024年のノーベル化学賞を受賞したGoogle DeepMindのDemis Hassabis博士らが開発したAlphaFold2はその象徴的成果といえます。アミノ酸配列から蛋白質構造をわずか数時間で高精度に予測するこの技術は、薬剤開発や生物学研究のスピードと質を飛躍的に向上させました。さらに近年では、細胞の状態変化や遺伝子発現応答を予測する「バーチャルセル」モデルの研究が進展しつつあり、遺伝子操作や薬物刺激、環境ストレスに対する細胞の反応を事前にシミュレーションできる時代が到来しようとしています。これらの技術は、疾患モデルの再定義、創薬標的の探索、毒性評価を根本的に変え、眼科領域においても疾患の分子基盤の理解や再生医療の設計など多大な応用が期待されます。AIは現象の見えない部分を照らし出し、研究の質を深化させる道具です。眼科学が新たな発展を遂げるためにも、AIとの融合は不可欠となるでしょう。
 最後に、イーロン・マスク氏の言葉を紹介します。マスク氏はしばしば過激な言動で注目されていますが、複数分野を横断して学ぶ力に優れ、その学習法が注目されています。ある質問に対する彼の回答は示唆に富みます。
 “One bit of advice:it is important to view knowledge as sort of a semantic tree—make sure you understand the fundamental principles, ie the trunk and big branches, before you get into the leaves/details or there is nothing for them to hang on to.
 すなわち「知識をセマンティックツリーとして捉え、枝葉に触れる前に幹と太い枝となる原理を理解せよ」という教えです。これは、学ぶ姿勢の原点ともいえるでしょう。そして、この考え方はAIにもそのまま当てはまります。AIは高度で複雑に見えますが、根底には明確な数理的・統計的原理が存在します。それを理解することが、応用力を育むうえで不可欠です。
 眼科学の未来は、人材育成、制度改革、そしてAIをはじめとする新しい技術の積極的な活用にかかっています。日本眼科学会としても、研究・教育・臨床が調和し、若手が自由に挑戦できる環境づくりに引き続き尽力していきたいと思います。

公益財団法人日本眼科学会
理事長 西田 幸二