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私推しのAIツール 近年のAIの進歩は、我々医療従事者にとっても目を見張るものがあります。「AIに仕事が奪われるのではないか」「診断業務がAIに置き換わるのではないか」「AIに頼るのはズルではないか」といった声を耳にする一方で、AIを活用することで業務が合理化され、これまで以上に患者さんや研究に向き合う時間が生まれることも事実です。数あるAI応用領域の中で、日本人眼科研究者にとって最も大きな恩恵をもたらすのは、実は翻訳技術ではないでしょうか。これは、ここ数年の学会運営や国際共同研究の現場で、私自身が強く実感している点です。
学会での同時翻訳の急速な進化 2年前(2024年)の日本眼科学会総会で導入されたAIによる英語演題の同時翻訳は、正直なところ、まだ「お笑いレベル」と言わざるを得ない精度でした。翌2025年も改善途上という印象でした。しかし、その半年後に開催された日本緑内障学会では状況が一変し、ごくマニアックな専門用語を除き、ほぼ正確に翻訳されるレベルに到達していました。 実は最近の学会で使用されているポケトークには、ChatGPTでもよく知られるOpenAI社の音声認識エンジンが採用されており、日々最新モデルに更新されながら最適化が進んでいるとのことです。現場で使えば使うほどデータが蓄積され、学習され、専門領域への適応力が高まっていく仕組みです。今後数年以内に、英語をリスニングするより、AIによる同時翻訳で聞くほうがラクという状況が現実になる可能性すらあります。そうなれば、国際学会における言語障壁は劇的に下がり、日本人眼科研究者の参加のあり方にも大きな変化をもたらすはずです。
AI翻訳は、研究活動を根底から支える存在に そもそも、英語の誕生地であるイギリスはユーラシア大陸の西端に位置する島国であり、日本はユーラシア大陸の東端の島国です。両国がまさに正反対に位置することからも、英語と日本語は、言語的に最も隔たりの大きい関係にあると言えます。アメリカ合衆国の外交官養成局では、日本語は英語を話す者にとって最も習得が難しい言語(カテゴリー5)に分類されています。逆方向も同じで、日本語を話す者にとって英語は最も習得が難しい言語の一つです。 多くの日本人医師は私を含め、大人になってから英会話を本格的に学び始めました。英語を聞く→日本語に訳す→日本語で理解する→日本語で答えを考える→英語に訳して話す、という複雑なプロセスを常に踏んでいます。そのため、英語長文を聞き続ければ聞き取るのに必死で思考力が落ち、英文を読むときも和文のように“斜め読み”ができません。英会話をしていると頭の回転が遅くなって浅はかになるのは私だけではないはずです。なぜなら、言語は単なる情報伝達ツールであるだけでなく、自分の心の世界(脳の処理言語)でもあるからです。 こうした脳の処理システムの制約を、AI翻訳は実に自然な形で補ってくれます。PubMed論文の即時翻訳、英文メールの往復翻訳はすでに実用レベルに達しており、ChatGPTを使えば、日本語で返信内容を考え、英語に自動翻訳して送信するだけで、海外共同研究者とテンポよく意見交換できるようになりました。最近、外国人研究者から「あなたのメール返信は驚くほど早く、的確だ」と褒められることもあり、AI翻訳はすでに国際競争力を支える重要なインフラとなりつつあります。 もちろん、バイリンガルな眼科研究者や若いときから英会話に慣れ親しんだ眼科研究者は、積極的に英語でディスカッションされればよいのです。しかし、私のようなシニア層は、視力が低ければ眼鏡をかける、白内障手術を受けて眼内レンズに替えるのと同じく、適切なツールを使って本来の力を発揮すべきです。
これからの学会運営への提案 日本へ観光に来ている外国人も、JRの列車遅延情報の車内アナウンスをスマホの翻訳機能を使って理解しています。外国人観光客が増えたのは、円安の影響もありますが、AI翻訳技術の進歩によって、日本のいろんなところに自由に旅行できるようになったからではないかと推測しています。AI翻訳は、使えば使うほど専門領域に特化していくので、学会で積極的に活用すれば、将来的に「各学会における標準機能」になる可能性が高いと思います。 AI翻訳を使うことは、決して“ズル”ではありません。むしろ、日本人眼科研究者のハンディキャップを克服し、本来の力を最大限に発揮して、国際学会での日本人眼科研究者のプレゼンスを引き上げための合理的な選択です。
公益財団法人日本眼科学会 理事 稲谷 大
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