理事会から

2026/04/10

気候変動と眼科医療―持続可能な医療のために私たちができることNew

 近年、地球温暖化に伴う猛暑や熱波は健康被害を増加させ、社会全体に深刻な影響を及ぼしています。WHOは「気候変動は21世紀最大の健康への脅威」と位置づけ、医療界にも積極的な対応を求めています。眼科領域でも、高温環境下での紫外線曝露が白内障をはじめとする眼疾患の発症リスクと関連することが示唆されており、気候変動を背景とした将来的な医療需要の増大が懸念されています。
 私たち医療者は「健康を守る立場」にある一方で、医療活動を通じて一定の環境負荷を生じさせています。なかでも白内障手術は、日本国内において年間約180万件が実施されており、過去10年間で約50万件増加しています。使用されるディスポーザブル医療材料の製造・輸送・廃棄に伴う環境負荷は、医療全体として無視できない規模です。こうした背景を踏まえ、医療由来の環境負荷を科学的に評価・改善する指標としてカーボンフットプリントとLife Cycle Assessment(LCA)が国際的に用いられていることは、医療界全体の共通認識となりつつあります。
 白内障手術1件あたりのカーボンフットプリントは施設間や国・地域間でも大きな差があります。英国の研究では1件あたり約180 kg CO2eと推定される一方、再使用可能な機器・材料を多用し、手術プロセス全体の資源効率を高めているインドのアラビンド病院などの施設では約6 kg CO2eとする報告もあり、運用改善による大幅な削減余地が示唆されています。これを平均的な乗用車の排出量に換算すると、約700 kmと20 kmの走行に相当します。また、単回使用カセット1,000個で約725 kg CO2eとされるディスポーザブル材料の排出量も、多回使用製品では約20分の1に低減可能です。
 こうした流れの中で、2022年に設立された国際的な眼科医療サステナビリティ推進活動EyeSustainは、ASCRS(米国白内障屈折矯正手術学会)、ESCRS(欧州白内障屈折矯正手術学会)、AAO(米国眼科学会)を中心に各国の眼科学会や関連団体が参加するグローバルなコーリションとして発展しています。大鹿哲郎前理事長が昨年(第129巻1号)の「理事会から」のメッセージで紹介したように、EyeSustainは“無駄を省き、廃棄物を減らし、安全性は犠牲にしない”という基本方針のもと、眼科手術室での環境負荷削減に向けた具体的な行動指針を掲げています。これは7つの「pledge(行動宣言)」としてまとめられ、術者・手術スタッフの教育、手術パック内容の見直し、点眼薬の多回使用の検討、不必要に大きなドレープの再考、再利用可能製品の定期的評価、リサイクル戦略導入などが提示されています。EyeSustainは、廃棄物削減のための"4R"(reduce・reuse・recycle・rethink)のコンセプトを提唱し、眼科手術や診療のサステナビリティ向上を目指す実践的なガイドと教育資源を提供しています。これは単なる理念ではなく、現場で実践可能なアクションとして提示された国際的な取り組みであり、日本眼科学会が本活動に加盟していることは、環境サステナビリティをめぐる世界の潮流に日本が参画している証左でもあります。
 他科でもサステナビリティへの取り組みが進んでいます。英国のNational Health Service(NHS)では医療システム全体のカーボン削減戦略が推進され、麻酔科では温室効果ガスの削減、外科領域では手術室廃棄物の削減・再利用が進められています。これらは、医療の質と安全性を確保しながら環境負荷を低減する取り組みであり、眼科領域における今後を検討するうえで重要な視点を提供しています。
 日本眼科学会としても、今後は環境サステナビリティの視点を国内外で共有・推進していくことが重要と考えています。学会として可能な貢献は、EyeSustainなどの国際活動との連携・情報共有、サステナビリティに関する教育・研修の充実、評価指標の普及支援、そして眼科現場での改善ガイドの提示など多岐にわたります。
 気候変動は国境を越えた課題です。私たちが環境負荷の少ない医療モデルを確立することは、単に温室効果ガス排出量の削減にとどまらず、限られた資源の中でも安全に手術を提供できる体制づくりにつながり、未だに白内障による失明者が増加している、アフリカをはじめとする医療へのアクセスに制限のある地域において「見えることを取り戻す医療」の質と量の向上にも寄与し得ます。日本眼科学会としても、会員の皆様とともに、持続可能な眼科医療のあり方を国内外で議論・実践していく所存です。

 

公益財団法人日本眼科学会
監事 佐々木 洋