2022/02/10

日本の科学研究と眼科

 2021年のノーベル物理学賞を真鍋淑郎先生が受賞され、日本人の受賞とあってメディアは大きく報道しました。その一方で、アメリカ国籍を持ちアメリカの大学に所属している真鍋先生は、会見で、日本に戻りたくない理由の一つとして「周囲に同調して生きる能力がないから」と言われたことが話題となりました。日本人としては考えさせられる、言い当てていると感じた発言でしたが、同時に海外への頭脳流出や日本の研究環境の劣化が問題視されました。
 自然科学系(生理学・医学賞、物理学賞、化学賞)のノーベル賞を受賞した日本人は25人で、2000年以降は20人とアメリカに次ぐ受賞者数です。生理学・医学賞でも、利根川 進先生(1987年)以来となる2012年の山中伸弥先生、2015年の大村 智先生、2016年の大隅良典先生、2018年の本庶 佑先生と相次いで受賞されています。日本人の研究が科学技術の進歩に貢献していることは誇らしく、近年の受賞者急増には素晴らしいものがあります。
 しかし、これらの研究は主に80年代、90年代の研究環境による成果とも言えます。日本の経済が豊かで、日本人が元気で、興味を持った研究に没頭できる環境があったことが背景にあるはずです。現在の大学の置かれている状況を考えると、将来も継続して世界にインパクトを与える研究成果を生み出せるのかは疑問です。
 文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)による『科学技術指標2021』が2021年8月に報道発表されました。これは日本および主要国の科学技術活動をデータに基づき分析したもので、メディアでも取り上げられました。「『科学技術指標2021』の公表について」の資料から、主要な指標での日本の位置を抜粋します。
 主要国(日米独仏英中韓の7か国)中、日本は、
・研究開発費、研究者数はともに第3位
・論文数(分数カウント法)は第4位
・パテントファミリー(2か国以上への特許出願)数は第1位
以上は前年と同じ順位でしたが、
・注目度の高い論文数(Top10%補正論文数)では日本は世界第9位から第10位へ
・注目度の高い論文数(分数カウント法)では、中国が初めて米国を上回り世界第1位
となりました。
 研究開発費と研究者数は第3位、論文数は第4位と順位だけをみると悪くなさそうですが、グラフでその数値と年次推移をみると愕然とします。米国、中国の研究開発費は金額も大きいですが、その伸びも顕著です。これに対して日本の研究開発費の伸びは他の主要国と比べて小さいものです。日本の研究者数の伸びも他の主要国と比べて小さく、博士号取得者数に至っては減少傾向にあります。日本の論文数は横ばいで、1997年以降の推移をみると、1997~1999年の米国に次ぐ第2位から、2007~2009年の第3位、2017~2019年は中国、米国、ドイツに次いで第4位と、他国の増加により順位を下げています。そして、新聞などでも大きく取り上げられたのは、注目度の高い論文数での日本の順位低下が顕著なことでした。第1位は中国で、以下、米国、英国、ドイツ、イタリア、オーストラリア、カナダ、フランス、インドと続き、次が日本です。
 眼科はどうなのかが問題です。論文数に関しては同様の傾向があることが以前から指摘されていますし、大学の置かれている状況から研究環境の劣化は医学部、眼科も同じです。我が国の眼科研究のレベルは国際的に高い位置にあると自負していますが、しかし一方で、最近のアジア諸国の台頭は目覚ましく、アジアのリーダーとしての日本の地位が脅かされているのも事実です。国際学会では、英語を日常会話で使用している香港、シンガポールはもとより、韓国、台湾、中国などアジア諸国からの発表のレベルは高く、また国際交流の中での発言力も強くなり、その立場は急速に向上しています。特に中国は急速に研究レベルと存在感を上げています。
 日本の眼科研究と眼科医療の将来のために、日本の国際的地位がなんとか保たれている今、日本眼科学会が重要なミッションの一つに挙げている国際化を推進する必要があります。そのためには、臨床医が研究者として創造的な研究活動に取り組める環境が不可欠です。大学医学部・大学病院は、研究とともに教育と高度医療を提供し、さらには地域医療における人材供給と多くの役割を担っています。しかし、新医師臨床研修制度導入で生じた人材不足は続き、さらには病院収支を求められるという余裕のない環境に置かれています。政府からも日本の科学研究に対する危機感は発せられていますが、現在議論が進められている医師の働き方改革や新専門医制度も臨床医の研究環境に大きく影響をしてきます。臨床医の、特に若手のアクティビティを確保できる制度設計になるように声をあげていく必要があります。

公益財団法人 日本眼科学会
理事 飯田 知弘