2022/06/10

診療ガイドラインについて

 数年前から日本眼科学会診療ガイドライン委員会の委員をしております。今回の「理事会から」を担当するにあたり、改めてガイドラインについてその成り立ちからおさらいしてみました。そして、近未来の眼科医療についても、少しく思いを馳せました。ここでは、私個人の見解も含めて、診療ガイドラインについて述べさせていただければと思います。

 難病対策、そして医療の質向上のための診療ガイドライン
 そもそも診療ガイドラインは何を目的に誕生したのでしょうか。およそ半世紀前、我が国では難病対策の一環として患者救済の診療を確立するため、時の厚生省は対象患者を診断する統一基準が必要だと考えました。例えばベーチェット病では、1972年厚生省発布の基準で患者が選定され、支援が始まりました1)。また、シクロスポリンがぶどう膜炎の再発を抑制することが分かり、シクロスポリン療法のガイドラインが作成されました2)。これらのガイドラインは、時代の要請に応えた本格的ガイドラインの先駆けです。以降、数多くのガイドラインが誕生し難病対策の中核となりました。時を経て2015年に難病法が改定され、眼科領域では網膜色素変性(症)などがその仲間入りをしています。2016年に網膜色素変性の診療ガイドラインが整備され3)、診療に困ったときの指針となっています。
 2002年、医療の質の向上を、質の高い診療ガイドラインを通じて実現しようとする事業が始まります。現在は日本医療機能評価機構によるEBM普及推進事業(Medical Information Distribution Service:Minds)として進められています。現時点の集大成として「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017」がまとめられています。このマニュアルの示す標準ガイドライン作成の手順は、以下のようになります4)
 ① スコープ:疾患の特徴、ガイドラインがカバーすべき内容などを決定
 ② クリニカルクエスチョン(clinical question:CQ):重要臨床課題、疑問を抽出し、疑問文で表現
 ③ システマティックレビュー:研究を網羅的に調査し分析・統合
 ④ 推奨作成:推奨内容(検査や治療)における推奨度/同意度を決定
 このMinds方式診療ガイドラインの一例として、緑内障診療ガイドラインがあります5)。多くの重要なCQに対して推奨の強さ、エビデンスの強さとともに推奨文が提示されています。ベーチェット病診療ガイドライン2020も、CQに推奨度/同意度を加えたMinds方式ガイドラインです6)

 日本眼科学会における診療ガイドライン
 新規医薬品や医療機器の導入の一つのゴールは、保険収載です。その際、ガイドラインの提出を義務づけられることが多く、続々とガイドラインが公開/更新される所以となっています。日本眼科学会では診療ガイドラインを「診療において根拠に基づいた医療に則った標準治療を行うために策定する文書」と位置づけ、公表前審査を実施しています。以前は編集委員会で査読していましたが、2016年以降は戦略企画会議第三委員会「組織強化と保険医療対策」(現在は堀 裕一委員長)指揮下の診療ガイドライン委員会が審査しています。日本眼科学会雑誌の第120巻12号以降に掲載されたガイドラインがそれにあたります。2021年6月、髙橋寛二先生より引き継ぎ、私がこの委員会の委員長を拝命しました。当該ガイドラインが標準治療、科学的合理性が高い診療方法、EBMの選択肢を推奨するものであれば承認し、時期尚早でエビデンス不足と判断すれば承認しません。
 最近2020年の診療報酬改定で、「斜視に対するボツリヌス療法に関するガイドライン」が安全性を担保するガイドラインとして国に認められ、外眼筋注射が保険収載されたことは記憶に新しいです7)。「未熟児網膜症に対する抗VEGF療法の手引き」「水晶体囊拡張リング使用ガイドライン」など、日々進歩する治療方法やデバイス使用に関するガイドラインが続々公開されています7)
 承認されたガイドラインは、日本眼科学会のホームページでご覧いただけます8)。いずれのガイドラインも関連学会や作成委員の労作です。気軽にアクセスして日々の診療にお役立てください7)。また、ガイドラインのガイド本も出されています9)。作成委員らが経緯や苦労話などを書いており、とても有益なガイド本です。ちなみにAmerican Academy of OphthalmologyもPreferred Practice Pattern Guidelinesとして数多くのガイドラインを公表しています10)

 これからの診療ガイドライン、そして診療ガイドライン委員会
 新たな技術の開発・利用に関する診療ガイドラインは、エビデンスやコンセンサスの提示/公開手段として重要です11)。ガイドラインが扱う疾患、治療薬、医療機器はますます増えています。
 さて、21世紀のnew technologyに医療AIがあります。この医療AIと医師がお互いを補填し合えば、より高度で正しい安全な医療を提供できると期待されています。医療AIの実用化を目指して、日本眼科AI学会や一般社団法人Japan Ocular Imaging Registryが設立されたことはとても心強いです。我々は、医療AIを実装した近未来の眼科医療のnew normal、すなわちAI-readyな眼科医療を夢想しつつ、関連ガイドラインの議論を見守っていきたいと思います。例えば、
 ① 眼科医が診断支援システムとして使用する場合。例えば疾患検出の感度や特異度などには、実現すべき機能水準があります。重篤で予後不良の疾患では偽陰性under diagnosisを小さくするため高い感度が必要?など、対象疾患ごとの機能設定は重要です。同じく診療所でのAI利用では、診断漏れがないようcommon diseaseでも感度の調整が必要かもしれません。AI利用の実際も、眼科医の経験レベルで異なるかもしれません。ちなみに医薬品医療機器総合機構では、そもそも医療AIが性能を変化/進化させてゆくことを想定した規制を揃えているようです(岡崎 譲:AI医療機器普及促進のための薬事審理のポイント。シンポジウム20。医療AI・ビッグデータ活用の基盤整備と展望。第126回日本眼科学会総会、大阪、2022)。
 ② 内科医など非眼科専門医が眼科疾患を対象とした医療AIを利用する場合。どの段階で眼科にコンサルトすべきか、delayed diagnosisを防ぐためのガイドラインを定め、非眼科専門医に働きかけていくべき課題です。医師、特に患者はこの医療AIが何を診て「何は診ていない」のかという限界をしっかりと認識させられるべきです。すでに糖尿病網膜症のAI診断支援システムの治験が始まっています。
 ③ 近未来に一般人が医療(関連)AIを利用する場合。医療AIと呼べない範疇かもしれませんが、個人情報保護の観点から、あるいはoverdiagnosisに対しての認識は必要かもしれません12)。眼科医のみでガイドラインは作成できませんが、眼科医がメインプレーヤーとして参画しなければなりません。
 昨今の医療裁判の判例などにおいて様々なガイドラインが少なからず引用され、医療水準や過失有無の判断証拠とされています13)。ガイドラインに法的拘束力はありませんが、ガイドラインを作成して公表するということ、準拠するということ、そしてガイドラインと異なる診療(行為)をするということは、いずれも非常に重い社会的責任を背負っています。2022年4月の理事会・評議員会で審査委員の選任方法や任期を明記した診療ガイドライン委員会規程が承認され、審査体制がさらに整備されました。日本眼科学会診療ガイドライン委員会では、提出された診療ガイドラインを精力的に審査してまいります。
 診療ガイドラインは、医療従事者はもとより患者、医療関係者、法曹界などから広く注目され拠り所とされる宿命にあります。よって常に各方面からの検証が必要です。今後も、皆様のご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

文  献
1)三島済一, 三好和男:1. 診断基準の確立. 厚生省特定疾患ベーチェット病調査班昭和47年度研究業績. 臨床分科会報告:63-64, 1972.
2)増田寛次郎, 林 清文:シクロスポリン療法のガイドライン. 最新医学43:358-360, 1988.
3)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班網膜色素変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:網膜色素変性診療ガイドライン. 日眼会誌120:846-861, 2016.
4)小島原典子, 中山健夫, 森實敏夫, 山口直人, 吉田雅博(編):Minds診療ガイドライン作成マニュアル2017. 日本医療機能評価機構, 東京, 2017.
5)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第5版). 日眼会誌126:85-177, 2022.
6)日本ベーチェット病学会:ベーチェット病診療ガイドライン2020. 診断と治療社, 東京, 2020.
7)堀 裕一:戦略企画会議第三委員会「組織強化と保険医療対策」の活動報告. 日眼会誌125:329-331, 2021.
8)日本眼科学会:ガイドライン・答申. http://www.nichigan.or.jp/member/guideline/index.jsp. Accessed 2022年4月11日.
9)白根雅子(編):眼科診療ガイドラインの活用法. Oculista(増大号). 全日本病院出版会, 東京, 2021.
10)American Academy of Ophthalmology:Preferred Practice Pattern Guidelines. https://www.aaojournal.org/content/preferred-practice-pattern. Accessed 2022年4月11日.
11)堀 裕一:理事会から 保険理事より. 日眼会誌125:941-942, 2021.
12)Henrik Widegren:Never google your symptoms. https://www.youtube.com/watch?v=Vn_ZkI7-IZ4. Accessed 2022年4月11日.
13)桑原博道, 淺野陽介:ガイドラインと医療訴訟について―弁護士による211の裁判例の法的解析―. Minds診療ガイドライン作成マニュアル特別寄稿. 日本医療機能評価機構, 東京, 2015.

公益財団法人 日本眼科学会
理事 川島 秀俊