2022/11/10

地域医療と眼科を取り巻く現況

 昨年春の役員改選にて日本眼科学会理事に再選していただき、大鹿哲郎理事長のもと、現在2期目の職責に就かせていただいています。
 新型コロナ感染は約2年半を経過しても解決せず、過去最大規模の第7波がようやく収束に向かおうとしている現在です。マスク着用や学内における会食制限等は引き続き継続中ではありますが、つい先週末には第33回日本緑内障学会が横浜で開催され、だいぶ現地開催に戻りつつあることを実感しました。オンライン併用によるハイブリッド開催、オンデマンド配信は、便利で学会参加の選択肢としては良いと思います。しかし、人と会って討論をする、その中から新しい発想が生まれるというのが学術集会の本来の機能ということを改めて実感しますし、学術集会への現地参加を再開された先生方の共通の意見ではないかと思います。
 さて、本誌第126巻8号「理事会から」に掲載の後藤 浩理事のコメントに同じく、このところ直に学外の先生方とお会いする機会は少なく、このような場で取り上げる話題にも事欠きます。今回は新潟大学と地域を取り巻く医療に関する現況について紹介し、一つの問題提起とさせていただこうと思います。
 医師偏在が話題になっています。これには専門科偏在と地域偏在の2つのポイントがあります。厚生労働省の試算した眼科医師数は、全国レベルでは現状で適正からやや過剰、今後、大きく減らすことはないが増やすこともないというのが基本的なスタンスのようです。一方で新潟県に目を向けると、各科とも例外なく医師不足で、眼科も同様です。2018年の日本専門医機構による足下充足率は秋田県とともに適正眼科医数の0.67倍で、青森県の0.51倍に次いで全国で二番目に低い数字です。新潟県の臨床研修医数は年当たり約100名前後で推移してきましたが、県の規模、人口から現状の医療状況を維持するためには180名以上、最低でも160名が必要との試算があります。新潟大学医学部に地域枠が設定されて約10年が経過しました。最近になって他県出身者への地域枠が設けられましたし、さらにいくつかの私立大学には新潟県出身者の地域枠が設定されるようになりました。県内の医師数を増やすために必要なのは、充実した臨床研修プログラムを持った病院を増やすこと、それによってまず県内で研修する医師数を増やすことが必要です。つまり、医師確保のために、学生、研修医、専攻医に対する教育システム、研修システムの改良と充実化が必要ということがいえます。
 また新潟県だけでなく全国の眼科にも共通する問題として、医師の世代偏在があります。臨床研修が始まって以降約10年の世代が極端に少ないこと、それを50歳以上、つまり私や私の後輩に当たる世代の先生方がカバーしているという現状です。私たちが眼科医になった頃とは眼科診療の質も量もまったく違います。治療できる病気が格段に増えました。一時、眼科医が増えて診療が拡大したという側面もあるかもしれません。私自身は長く緑内障の診療に携わり、緑内障という視点を通して眼科医をしてきました。そんな私の目からみて、日本の超高齢化と人口減少によって必然的に眼科医療は変革が求められていると感じます。最近、2019年までの10年間に新潟県内で視覚障害に認定された患者数の年次推移について統計をとってもらいました。原因疾患では緑内障だけが増加、他の疾患は概ね横ばいからやや減少傾向でした。特に緑内障患者では60歳以降での認定者数が増加していました。緑内障の検査、診断、治療のいずれも着実に進歩しています。それ以前に発見され治療されてきた患者さんが高齢になってきたという考え方もありますが、とにかく未だに存命中の視覚機能を守り切れていないということが明らかになりました。日本の人口はすでに減少し始めており、高齢者人口は比率として増えるが、実数としては決して増えるわけではないそうです。とはいえ、眼科医数が増えない現状を考えると、今後、少ない眼科医でたくさんの高齢の患者さんを診療する時代に備えなければいけないということになります。現在、巷では人工知能(AI)、ビッグデータ、遠隔診療に関してすごい勢いで議論が進んでいます。眼科領域も例外ではなく、昨年の第2回日本眼科AI学会が「AI、IoTと共生する新たな眼科医療の夜明け」とのテーマのもとで行われました。当面、臨床の現場に対してAIは診断の補助、ビッグデータは診療の標準化、遠隔診療は診療の簡易化・効率化に関わってくるものと想定されます。例えば眼底写真から網膜疾患、緑内障をAI診断する装置はすでに実用のレベルに達しており、昨年の日本臨床眼科学会の器械展示でデモされていました。着々と準備はされています。これらのテクノロジーが、今後の眼科診療の質とバランスを大きく変えていくことは確実で、かつ必然と考えられます。その動向に注目していく必要があります。
 新潟県で医師不足と地域医療がクローズアップされているのは前述のごとくですが、逆に県内の医療界がその話題ばかりになっていることに、危機感を抱いています。昨年、推薦入試の面接を担当する機会がありました。以前でしたら新潟大学医学部への入学の抱負、動機として、「臨床が強い、研究ができる、脳研があり、腎研究も有名」という話題が必ずあがって、「いろいろなことにチャレンジしたい」という意見が多く聞かれました。昨年の面接では、キーワードは「患者に寄り添った地域に根ざした医療」のみ、「研究や留学はあまり考えたことがない」という発言が繰り返されました。一流の臨床医になるために、研究を経験することは必須の過程ですし、良い教育がなければより良い後進は育ちません。その繰り返しが質の高い医療の維持には欠かすことができないと私は思います。この2年の新型コロナ感染による世の中の閉塞感を反映しているのかもしれませんが、いずれにしてもこのような過程を経て入学してきた医学科の学生たちの視点を眼科に対しても向けてもらうために、私たちも心してかからなければいけないのではないかと考える今日この頃です。
 2024年4月も近づき、そろそろ働き方改革の話題も本格的になってきました。次世代に向けて、眼科においても、研究、臨床、教育について、これまでとは違ったなかなか難しい質とバランスが求められることになると予想されます。皆様と一緒に議論し、さらに実践していきたいと思います。
 

公益財団法人 日本眼科学会
理事 福地 健郎